派遣スタッフの教育訓練のポイントをご紹介【改正派遣法対応】
派遣スタッフを迎え入れた派遣先企業には、派遣スタッフが業務の遂行に必要な能力を身に付けるための教育訓練を実施する義務があります。もし怠った場合は、派遣スタッフへの不合理な待遇差とみなされ、罰則を受ける場合があります。本記事では派遣スタッフの教育訓練の目的と教育訓練をおこなう際の注意点を紹介します。
目次
改正労働者派遣法による派遣スタッフ教育訓練の義務化
労働者派遣法は、2012年以降、頻繁に改正が実施され、派遣スタッフの「教育訓練」に関する内容も変化しています。
■2015年9月の労働者派遣法改正
派遣スタッフに教育訓練を受けさせることが派遣会社(派遣元事業主)に義務化されました。また、派遣先企業に対しては、「教育訓練を実施することに配慮する義務」が定められ、派遣元から求めがあった場合には、就業する派遣労働者に対し、教育訓練を受けられるよう可能な限り協力をすることが求められていました。
■2020年4月の労働者派遣法が改正
これまで派遣先企業の努力義務とされていた一部の項目が義務化されました。派遣先企業は自社の従業員と派遣スタッフの待遇格差を是正することが義務付けられ、給与や通勤手当、食堂・休憩室などの使用ルール、教育研修の受講対象者などさまざまな点で見直しを検討することになりました。
参考までに、派遣先となる企業が、派遣スタッフに対してとるべき措置は、厚生労働省の「派遣先が講ずべき措置に関する指針」によって定められています。たとえば、次のようなことを措置実施する必要があります。
・契約内容の確認から適切な業務内容や教育
・賃金や就労時間をはじめとした待遇の確保
・派遣スタッフが継続して就労をするための雇用の努力義務
・離職後1年以内の労働者の受け入れの禁止
・監査役以外の自社の社員から派遣先責任者を選任すること
・派遣先管理台帳の作成と記載、保存、記載事項の通知など
・そのほか
参考
厚生労働省:派遣先が講ずべき措置に関する指針
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000760525.pdf
派遣スタッフの教育訓練の目的
そもそも、派遣スタッフへの教育訓練の実施が強化された背景には、どのような事情があるのでしょうか。
正社員との待遇格差の解消
2020年4月に改正された労働者派遣法では、同一企業内における正規従業員と派遣スタッフの間の不合理な待遇差をなくすために、派遣労働者の待遇改善が盛り込まれています。その中のひとつに、正社員と同様に業務の遂行に必要な能力を身に付けるために教育訓練の実施が義務付けられました。
派遣スタッフの教育訓練に関しては、雇用主である派遣会社が実施すべきですが、派遣先の業務に密接に関連した教育訓練については、実際の就業場所である派遣先が実施することが適当であるとし、派遣先の正社員と同様の教育訓練を受けさせることが義務化されました。
派遣スタッフのキャリア形成
派遣スタッフの中には、「自身の能力を高めたい」「正社員として働きたい」という意欲を持つ人が少なくありません。法改正以前、キャリア形成についての知識習得やキャリアパスなどは、派遣スタッフそれぞれに委ねられていました。しかし、法改正によって、派遣スタッフのキャリアアップを目指した、段階的で体系的な教育訓練の実施が派遣会社(派遣元事業主)に求められるようになりました。
派遣スタッフのキャリア形成を支援するために、派遣会社(派遣元事業主)は段階的で体系的なカリキュラムを形成する必要があり、派遣先の企業は、派遣会社(派遣元事業主)からOJTなどの教育訓練の協力を依頼されることもあります。こちらは最後の段落で詳しく解説します。
派遣スタッフの教育訓練の注意点
派遣先企業が、派遣スタッフの教育訓練をおこなう際の注意点を紹介します。
訓練費用は無償
訓練費用を派遣スタッフに請求することはできません。また、訓練時間は有給になります。また、教育訓練で発生する交通費が派遣先企業の支給額を上回った分は、派遣会社(派遣元事業主)が負担することになります。
教育訓練の内容は事前に周知
教育訓練の内容は事前に派遣スタッフに周知するようにしましょう。また、教育訓練の内容については事前に派遣スタッフの同意が必要になります。
派遣先管理台帳への記載を忘れずに
教育訓練の日時や内容など、実施をしたことの証明として、派遣先管理台帳を通して派遣会社(派遣元事業主)に報告する必要があります。
派遣先管理台帳とは、派遣スタッフの就労状況を派遣元に報告するための重要な書面で、派遣先管理台帳の作成・保管は派遣先企業に義務付けられています。これをおこなわなかった場合、30万円以下の罰金が科せられる場合があります。
ただし、派遣先管理台帳の作成に慣れていない派遣先企業においては、不備が生じがちです。付き合いのある派遣会社(派遣元事業主)に、派遣先管理台帳の作成についてのアドバイスを求めてみましょう。
改正派遣労働法の目的に沿った内容であること
改正派遣労働法の目的である、派遣スタッフのキャリア形成、業務の遂行に必要な能力を身に付けるためのカリキュラムにて実施をする必要があります。これらとは無関係で名目上は教育訓練としているが内容が伴っていないなど、不適切とみなされる場合は教育訓練を実施したとはみなされません。
派遣スタッフの教育訓練の実施形式
教育手段にはさまざまな方法があります。それぞれのやり方やメリットデメリットについても紹介します。
OJT
OJTは「On-the-Job Training(オンザジョブトレーニング)」の頭文字を取ったもので、業務を通して能力を身に付ける教育手段です。派遣先企業において、業務を進める上で必要な知識やスキル、必要に応じてやり方を教育するようなOJTは一般的によくあります。業務中におこなう教育なので、派遣スタッフに業務の指示をおこなう派遣先企業の社員が担当します。
OJTのメリットは、業務を通じた教育なので実践的で、教育がそのまま仕事に活きる点です。派遣スタッフの効率アップ、生産力アップにもつながりやすくなります。また、コミュニケーションの活性化も期待できるでしょう。
デメリットは、派遣先企業の指導者が忙しい場合、後回しになってしまう、また派遣スタッフも遠慮してしまい、わからないまま業務を進めてしまうケースも起こりがちです。
対策としては、指導者の負担が増えすぎないように、部署内のメンバーや人事などが協力をして体制作りをすることです。また、指導者の不在時にも対応できるよう、統一された指導マニュアルを用意して、部署内のメンバーに共有しておくことも方法のひとつです。
集合研修
集合研修は、複数の派遣スタッフを一カ所に集めて、講義や演習などをおこなう教育手段です。昨今は、新型コロナウイルス感染防止の観点から、オンラインによる集合研修も増えてきています。
集合研修は、多くの派遣スタッフを一度に教育できることが派遣先企業にとってはメリットといえるでしょう。派遣スタッフにとっては疑問点を即座に質問して解消できることがメリットです。
デメリットとして、派遣先企業が社内の講師でおこなう場合、教材を作らなくてはならない点が挙げられます。外部委託する場合にはコストが高くつくでしょう。研修内容が高度になるほど、コストは高くなりがちです。
派遣スタッフにとっては、研修日程が決められているので、自身のスケジュール調整が必要になります。
派遣会社から協力を依頼される教育訓練
「派遣スタッフの教育訓練の目的」の段落でも述べたように、派遣会社(派遣元事業主)は、派遣スタッフのキャリア形成を支援するために、段階的で体系的なカリキュラムを形成する必要があります。
派遣先企業は、このカリキュラムに沿った教育訓練を派遣会社(派遣元事業主)から依頼されることがあります。その意味と内容を理解しておきましょう。
派遣会社がおこなう派遣スタッフのキャリア形成
教育訓練で使うカリキュラムは標準化されたものですが、本来キャリアパスは派遣スタッフそれぞれで異なります。派遣会社(派遣元事業主)は派遣スタッフをヒアリングし、個々の派遣スタッフが強みとする能力、スキル、専門性などをどのように磨きたいかを把握します。さらに、キャリア形成に対する考え方や意欲を引き出し、派遣スタッフがキャリアパスを描きやすくしていきます。
派遣会社(派遣元事業主)は、カリキュラムを作成した後は教育手段を決めていきます。eラーニングや集合研修、OJTなどの手段を洗い出し、どの段階でどの手段を使うのかを検討します。教育手段を決めた後に、それぞれの時間を設定します。入社3年以内、フルタイムで1年以上の雇用見込みの派遣スタッフには年間8時間以上の教育時間が要るので、段階に応じて時間を割り振っていきます。4年目以降の時間は、入社3年以内に比する時間を派遣会社(派遣元事業主)が決めていきます。
そして、キャリア形成を目指す教育訓練としてのOJTを目指す場合は、派遣会社(派遣元事業主)は派遣先企業に協力を要請することになります。OJTは、派遣先企業に協力をしてもらうことで成立します。
派遣先企業は、OJTをおこなうことにより、派遣スタッフがスキルアップして、職場全体の業務効率がアップすることも期待できます。派遣会社(派遣元事業主)がおこなう教育内容を理解した上で、派遣先企業としても可能な取り組みを検討してみてはいかがでしょうか。
まとめ
労働者派遣法は、2012年以降、頻繁に改正が実施され、派遣スタッフの教育訓練の義務化は2015年の法改正で施行され、以降、派遣先企業が必ず実施しなければいけない義務として扱われています。また、2020年の改正ではこれまで努力義務とされていた一部の項目が義務化されることで、より仕組みが強化されました。
派遣スタッフを迎え入れた派遣先企業には、派遣スタッフが業務の遂行に必要な能力を身に付けるための教育訓練を実施する義務があります。もし怠った場合は派遣スタッフへの不合理な待遇差とみなされ、罰則を受ける場合があります。
また、派遣先企業は、派遣会社(派遣元事業主)から派遣スタッフのキャリア形成を目的としたOJTのお願いをされることがあります。OJTをおこなうことにより、派遣スタッフがスキルアップして、職場全体の業務効率がアップすることも期待できます。なにより、同じ職場で働く派遣スタッフが安心して業務に取り組むことができるでしょう。
《ライタープロフィール》
山崎英理夫
人事コンサルタントとして教育研修のプログラム開発、人事制度診断等を提供。また、企業人事として新卒・中途採用に従事し、人事制度構築や教育研修の企画・運用など幅広く活動。この経験を活かし、人材関連の執筆にも数多く取り組む。