出向とは?意味、転籍・在籍の違い、左遷との違い、手続きについて解説
人事異動の一種である「出向」は、ややネガティブなイメージを持たれることがあります。しかし実は、従業員のスキルアップや企業間の関係性強化など、多くのメリットがある雇用形態です。
この記事では、出向の種類やメリット・デメリット、左遷・派遣など類語との違いについて解説します。
目次
出向とは?
出向とは、従業員が勤務先との雇用関係を保ちながら、別の企業で一定期間働くことです。一般的にはグループ会社など資本・人的につながりがある企業へ出向するケースが多いものの、中には取引先など全く異なる外部の企業へ出向することも珍しくありません。
なお、突然人事異動によって出向を命じられた場合は、従業員が「納得がいかない」「従いたくない」と不満を抱くことも考えられます。しかし、出向命令は業務命令のひとつであるため、受命した従業員は正当な理由なく拒否することはできません。
出向の目的
企業が従業員に出向を命じることには、主に下記のような目的があります。
・出向先企業の管理体制強化等の経営戦略 |
出向を実施する目的にはさまざまな背景がありますが、出向先企業の管理体制強化や組織改革などがその理由として挙げられます。
たとえば、子会社や関連会社に自社の従業員を出向させることで、管理体制を強化できるメリットがあります。出向先の企業にとっても経験豊富な社員を受け入れることで、組織改革や従業員の意識向上につながるなど、双方にメリットがあることが特徴です。
出向の種類
ひとくちに出向といっても、実は「在籍出向」と「転籍出向」の2つの種類があります。また、給与や福利厚生の取り扱いにもいくつかの種類がありますので、それぞれくわしく確認していきましょう。
在籍出向
在籍出向とは、出向元の企業に在籍したまま出向先の企業で働くことです。このケースでは、出向元企業と出向先企業の間で締結された「出向契約」に基づいて、出向元の雇用継続は維持したまま、従業員が新たに出向先企業でも雇用契約を結びます。
たとえば、コロナ禍では航空業界など業務量の減少によって人手が余る企業が多く見られました。このとき、航空会社の従業員を人手不足に悩む業界へ出向させる例が話題を呼びました。このように、一時的に雇用を調整する際に在籍出向は広く活用されます。
なお、出向の期間は企業によってさまざまで、数年間出向を続けることも少なくありません。ただし、最終的には出向元の企業へと戻ることが一般的です。
転籍出向
転籍出向とは「移籍出向」とも呼ばれる出向で、出向元の企業との雇用契約を終え、新たに出向先の企業と雇用契約を結んで働くことをいいます。転職にも似ていますが、企業側の意向によって実施される点が転職との大きな違いです。
たとえば、出向元企業の社員をグループ会社や関連企業に転籍させることで、収益向上を狙う経営戦略の一環として活用されています。
基本的には出向元企業には戻らないことが多く、もし戻る場合には再び雇用契約を結ばなければなりません。
給与や福利厚生について
出向のように従業員の働く場所が変わる場合、きちんと押さえておきたいのが給与や社会保険、福利厚生の取り扱いについてです。それぞれくわしく確認していきましょう。
給与
出向した従業員の給与について、出向元と出向先の企業のどちらが支払うかは明確なルールはありません。基本的には双方の企業が話し合って決めることとなっており、支払い方法には「直接支給」と「間接支給」の2種類があります。
支給方法 |
概要 |
直接支給 |
出向先の企業から従業員へ直接給与を支払う |
間接支給 |
出向先企業が出向元企業に給与相当の負担金を支払い、出向元企業を通じて従業員に給与を支払う |
直接支給とは、出向先の企業が従業員へ直接支払う方法であるのに対し、間接支給は出向先企業が出向元企業に給与相当の負担金を支払い、出向元企業を通じて従業員に給与が支払われる方法です。
給与の取り扱いは各々の出向契約によって定めるものとなっており、後にトラブルとなることを防ぐためにもしっかりと双方の企業で確認し合うことが重要です。
社会保険
雇用保険や労働者災害補償保険、厚生年金保険・健康保険の取り扱いは各項目によって取り扱いが異なります。
社会保険の種類 |
概要 |
雇用保険 |
給与を支払う企業が負担する |
労働者災害補償保険 |
出向先の企業が負担する |
厚生年金保険・健康保険 |
出向元・出向先企業のいずれか、もしくは双方が負担する |
社会保険では、給与を支払う企業が雇用保険、出向先企業が労働者災害補償保険を負担することとなっています。
厚生年金保険や健康保険については、出向元・出向先企業のいずれかを選ぶことはできますが、給与を支払う企業が負担することが一般的です。ただし、双方の企業が給与を負担している場合は、出向元企業と出向先企業の双方で被保険者となることができます。
福利厚生
従業員への福利厚生については明確なルールがなく、各々の出向契約によって定められます。
たとえば、契約内容で「出向期間中も出向元企業の福利厚生制度を利用できる」と定めている場合は、出向後も変わらず従業員持株制度や健康診断といった出向元企業の福利厚生を利用することができます。
ただし、社員食堂や社宅・寮などは従業員の労働環境に影響するため、出向元・出向先企業の双方で話し合い、どちらが負担するか決めておくことが大切です。
出向と比較される制度との違い
出向と似た言葉に「異動」「左遷」「派遣」などが挙げられます。ここからは、類似する言葉・制度との違いについてしっかりと押さえていきましょう。
出向と異動の違い
人事異動とは、企業が従業員に配属や職位の変更を命じることです。たとえば「係長から課長へ昇進する」「経理部から総務部へ配属が変わる」といった例が挙げられます。
一方、出向は関連会社や取引先など異なる企業へ配属されることです。ただし、出向について「勤務先の命令によって勤務地や働き方が変更される」という点から考えると、出向は広義の異動に含まれるともいえます。
出向と左遷の違い
左遷とは、現在よりも低い職位への降格を命ぜられることです。また、降格が行われない場合であっても、能力に見合わない業務・部署へ配置換えを命ぜられた場合は、左遷と表現されることがあります。
一方、出向は異なる企業へ配属されることですが、必ずしも降格が伴うわけではありません。中には、出向先企業の利益増加を目的とした重要な役割を担うことも多くあります。
左遷にはそうしたポジティブな目的を伴うことは考えにくいため、出向に比べてネガティブな意味合いで使われることが多いといえるでしょう。
出向と派遣の違い
「自社以外の企業で働く」という点から考えると、派遣と出向を混同してしまう人もいるかもしれません。
派遣も「異なる企業に配属されて働く」という点では出向と似通っていますが、「どのような契約のもとで働くか」という点が異なります。
派遣の場合は、派遣元と派遣先企業の間で「労働者派遣契約」が締結されます。一方、出向については、出向元と出向先企業で「出向契約」が結ばれる仕組みです。
また、派遣と出向では「雇用契約を誰と結ぶか」という点も大きく異なります。
派遣の場合は、派遣スタッフが雇用契約を結ぶのは派遣元の企業で、派遣先企業との間に雇用契約は締結されません。その代わり「指揮命令関係」が発生し、派遣スタッフはその命令関係に基づいて労働をおこないます。
一方、出向の場合について、従業員は出向元・出向先企業のどちらとも雇用契約を結びます。ただし、転籍出向の場合は出向先企業のみと雇用契約を結ぶという違いがあります。
企業間における契約 |
雇用契約を結ぶ相手 |
|
派遣 |
労働者派遣契約 |
派遣元企業 |
出向 |
出向契約 |
出向元・出向先企業の双方(転籍出向の場合は出向先企業のみ) |
出向のメリット
従業員を出向させることには、出向元・出向先企業のどちらにもメリットがあります。それぞれくわしく紹介していきましょう。
出向元企業側のメリット
出向元企業にとってのメリットは、従業員を外部の企業へ出向させることで自社では得られないスキルや経験を習得させられる点です。在籍出向の場合はいずれ従業員が自社に戻ってくるため、出向先で得たノウハウや経験を還元してもらえば、自社にとってもプラスに働くという期待が持てます。
また、出向先企業との関係性を強化できる点も大きなメリットです。たとえば、グループ会社に従業員を出向させる場合、従業員を通じて定期的な情報交換が行われることから、より正確にグループ会社の経営状況や内部事情を把握できるようになります。
また、取引先企業など外部企業に出向させる場合は、人的なつながりができることによって信頼関係が構築される点も重要なメリットです。
出向先企業のメリット
出向先企業にとってのメリットは、出向元企業から従業員を受け入れることで自社にはない新たなノウハウを獲得できる点です。たとえば、財務基盤の立て直しを目的として出向を受け入れる場合、豊富な経験を持つ従業員を通じてより高度な経営手法が共有され、自社では得られない新たな観点から課題解決に取り組める可能性があります。
また、出向元企業と関係性を強化できる点もメリットのひとつです。外部企業から出向を受け入れる場合は、従業員を通じてより信頼関係が強固なものとなり、結果的に将来的な業務提携や共同プロジェクトにつながるなど、ビジネス機会の創出が期待できます。
出向のデメリット
一方、出向にはいくつかのデメリットも存在します。従業員の出向を検討する際は、デメリットについても理解しておきましょう。
出向元企業のデメリット
優秀な人材を出向させる場合、自社で人材不足が生じる可能性があります。その分、他の従業員の業務負担が大きくなることで、ストレスが蓄積してしまうこともあるかもしれません。
在籍出向の場合はいずれ従業員が戻ってくるものの、出向期間中の穴埋めについては慎重に検討しておく必要があるといえるでしょう。
出向先企業のデメリット
出向先企業にとっては、優秀な人材を受け入れることで人件費やコストがかさんでしまう可能性があります。その分、新たなノウハウやスキルを得られるメリットはあるものの、どのくらいのコストをかけるべきかについては慎重に検討しなければなりません。
前述の通り、出向者の給与は双方の企業が話し合って決めるものであるため、事前にコストの見通しについて丁寧に試算しておくことが大切です。
出向を命令する際に企業が注意するポイント
従業員に出向を命じる際は、下記のような点に注意する必要があります。
・企業が出向命令権を持っている必要がある |
それぞれくわしく解説していきましょう。
企業が出向命令権を持っている必要がある
企業が従業員に出向を命じるためには、下記の条件を満たす必要があります。
・労働協約に定めがあること |
出向の命令に強制力を持たせるには、就業規則などで「会社は業務上の都合によって社員に出向を命ずることがある。社員は正当な理由なくしてこれを拒むことができない」といった旨を定めておかなければなりません。
また、就業規則では「出向を命ずることがある」ということだけでなく、出向させる理由や出向先の範囲、期間、出向中の労働条件などについても明確に定めておくことが必要です。
権利の濫用に該当しないこと
出向の命令は強制力を持つものであるものの、ケースによっては権利の濫用だと判断されてしまうケースがあります。
たとえば「必要性がない出向を命じる」「出向者の人選に合理性がない」「従業員の生活が考慮されていない」といった場合、権利の濫用に値する可能性が否定できません。実際に、権利の濫用が認められる判例が過去に出ており、従業員に極端に不利益が生じる場合には権利の濫用と認められることが多いようです。
もし権利の濫用が認められた場合、その出向命令は無効となります。出向は従業員にとっても生活が大きく変化する人事異動となるため、該当者に事前に同意を得るなどの慎重な対応を取ることが必要です。
転籍出向は本人の承諾が必要
出向元企業との雇用関係を終え、出向先企業と新たに雇用契約を結ぶ転籍出向では、出向者本人から個別かつ具体的に同意を得ることが必須条件となっています。
いずれ出向元企業に戻る在籍出向とは違い、転籍出向は完全に元の勤務先を退職することとなります。転職に近い形での出向となることから、従業員の同意は必ず取得しておかなければなりません。
たとえば「複数回の面談の場を設ける」など、より従業員の納得感を得ながら同意を得るようにしましょう。
また、在籍出向に比べてより従業員の生活が変化しやすい転籍出向では、権利の濫用にあたらぬようさらに慎重な配慮が求められます。
偽装出向にならないように注意
契約上は「出向」であるにもかかわらず、実態は「労働供給」である場合、「偽装出向」とみなされる場合があります。
労働者供給事業をおこなう際は、職業安定法によって許可を得ることが定められています。しかし、中には無許可で労働者供給事業をおこなうために、出向を装うケースもあるようです。
出向とみなされるためには、「経営や技術について指南を受ける」「人事交流をおこなう」など出向の目的を明確にしておく必要があります。
また、出向先企業から出向元企業へ対価が支払われている場合、営利目的を疑われるきっかけにもなりかねません。もし何らかの対価を受け取る際は、その金額や支払う時期、回数などに整合性を持たせることが重要です。
出向の解除手続きに注意
基本的に、出向の期間は出向契約によって定められていますが、何らかの理由によって期間内で出向解除となることも想定されます。出向解除をおこなう際は、出向元企業から従業員に通知を出し、出向解除をおこなう旨を知らせましょう。
その際には従業員に不満が生じないよう、合理的な理由をきちんと提示する必要があります。
なお、途中で解除手続きをおこなう可能性がある場合は、あらかじめ出向契約にその旨を盛り込んでおくと安心です。
給与や福利厚生を明確にすること
従業員を出向させる際は、あらかじめ書面で出向先での労働条件を明示しておく必要があります。具体的な明記事項としては、下記のような点が挙げられます。
・出向する期間 |
出向先企業での業務によっては、勤務時間や休日が出向元企業と大きく異なるなど、従業員の生活に変化が生じる可能性があります。従業員のストレスや負担を少しでも軽減するためには、事前に労働条件をきちんと説明しておくとよいでしょう。
出向に必要な書類・手続き
従業員に出向を命じる際は、下記の書類や手続きが必要となります。
・出向契約書 |
出向契約書は出向元企業と出向先企業が締結するもので、出向期間や職務や勤務場所など従業員の取り扱いを細かく定めたものです。双方できちんと協議を行った上で出向に伴う条件を取り決めるようにしましょう。
また、出向にかかる同意書を得る際は、出向契約に基づいた内容を従業員へしっかりと説明を行った上で同意を得ることが重要です。
なお、就業規則や労働協約などによって出向を命じる旨が定められている場合については、同意書の作成は必須ではありません。ただし、出向は従業員にとって変化の大きな辞令であることから、きちんと労働条件などを提示したうえで、個別で同意を得ておく方が望ましいでしょう。
まとめ
従業員を異なる企業へ配置換えする出向には、ややネガティブなイメージを持たれることがあります。しかし、実際は従業員のスキルアップや、出向先企業との関係性強化など多くのメリットがあります。
従業員の新たなキャリア形成にもつながりますので、出向による人材育成も検討してはいかがでしょうか。その際には、出向を命じる際の注意点を把握した上で、必要書類などを計画的に準備しておきましょう。
<ライタープロフィール>
椿 慧理
フリーライター。新卒後に入行した銀行で10年間勤務し、個人・法人営業として金融商品の提案・販売を務める。現在は銀行で培った多様な経験を活かし、金融・人材ライターとして幅広く活動中。2級ファイナンシャル・プランニング技能士、1種外務員資格、内部管理責任者資格を保有(編集:株式会社となりの編プロ)