
派遣スタッフの交通費について賃金の決定方法・支給方法を解説

派遣スタッフを受け入れる際に理解しておきたいのが、交通費の取り扱いについてです。派遣スタッフに対する交通費は、2020年4月1日に改正された労働者派遣法によって取り扱いが大きく変化しています。
この記事では、派遣スタッフの交通費の決定方法や支給方法、支給時の注意点についてくわしく解説します。
目次
派遣スタッフの交通費とは

2020年4月1日、派遣スタッフと他の従業員との不合理な待遇差をなくすために改正労働者派遣法が施行されました。従来、派遣スタッフについては「諸手当や賞与が支給されない」「昇給がない」など、同じ仕事をしていても正社員との間に待遇の差があるケースが少なくありませんでした。
そこで、改正労働者派遣法では「同一労働同一賃金」を実現するために、派遣スタッフに対するさまざまな規定の整備がおこなわれました。
そのなかで交通費の支給も対象となっており、たとえば「正社員には交通費を支給しているのに派遣スタッフには支給しない」といった不合理な待遇の差がある場合は、労働者派遣法に反するとみなされるようになっています。
したがって、派遣スタッフを受け入れる際は、他の従業員との間に不合理な待遇差が生まれないような賃金や諸手当を定める必要があります。
派遣スタッフへの交通費の支給方法

派遣スタッフへ交通費を支給する方法には、主に「実費支給」と「定額支給」の2つがあります。それぞれどのように支給するのか、くわしく解説していきましょう。
実費支給のケース
実費支給の場合、自宅から勤務先までの通勤でかかった交通費の実費を支給します。
ただし、交通費に上限額を定めている場合、その上限額が下記の計算式で算出される金額と同等以上になる必要があります。
【実費支給の計算式】
72円×1日所定労働時間×1週間あたり所定労働日数×52週÷12ヶ月
ここで用いられる「72円」は2024年度における基準額で、一般の従業員の給与から算出された交通費相当額です。派遣スタッフに対する交通費の上限額が上記の金額よりも下回る場合は、一般の通勤手当と同等以上の金額を支給しなければなりません。
仮に1日7時間、週5日勤務のケースで考えてみましょう。上記式によって算出される基準額は以下の通りです。
72円×7時間×週5日×52週÷12ヶ月=10,920円
もし交通費の上限額が10,920円を下回る場合は、「一般の従業員と待遇に差がある」とみなされてしまうため、10,920円と同等以上の交通費を支給する必要があります。
定額支給のケース
定額支給では、社内の給与規定などで定める計算式によって算出した金額を交通費として支給します。ただし、この場合も下記の計算式で算出する金額と同等以上にしなければなりません。
【定額支給の計算式】
72円×1日所定労働時間×1週間あたり所定労働日数×52週÷12ヶ月
仮に1日8時間、週5日勤務する場合、上記の式で算出される金額は以下の通りです。
72円×8時間×週5日×52週÷12ヶ月=12,480円
一般の従業員と待遇に差が生じないようにするには、12,480円と同等以上の交通費を支給する必要があります。
派遣スタッフの賃金の決定方法

派遣スタッフの賃金を決定する方法には、「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」の2種類があります。それぞれ主に下記のような流れに沿って賃金の決定をおこないます。
派遣先均等・均衡方式 |
労使協定方式 |
1.比較対象労働者を選定する 2.比較対象労働者に関する待遇情報を派遣元企業へ報告する |
1.比較対象労働者に関する待遇情報を派遣元企業へ報告する |
各方式においてどのように賃金を決定するのか、くわしく解説していきましょう。
派遣先均等・均衡方式
派遣先均等・均衡方式とは、派遣先の他の従業員との待遇について均等・均衡を図るようにする方法です。
派遣先均等・均衡方式を採用するにあたって、派遣元企業はまず「比較対象労働者」と呼ばれる「派遣スタッフの比較対象となる従業員」を選定しなければなりません。
比較対象労働者の選定ステップ
派遣先均等・均衡方式の場合、まず派遣スタッフの比較対象となる従業員を選定します。その際、下記①~⑥の優先順位にしたがって比較対象労働者を選定してください。
① 職務内容や職務内容・配置の変更範囲が同じ従業員 |
比較対象労働者を選定したら、その待遇に関する情報を派遣元企業へと提供します。
比較対象労働者との比較に基づいて賃金を決定する
派遣元企業では、派遣先企業から提供された情報をもとに派遣スタッフの待遇を決定します。
その際、派遣スタッフと比較対象労働者の間に不合理な待遇差が生じないように、均等・均衡を図らなければなりません。具体的には下記のような待遇を指します。
均等待遇 |
比較対象労働者と職務の内容や、職務の内容・配置換えの範囲が同じ場合は、派遣スタッフについても同じ待遇をするもの。 |
均衡待遇 |
比較対象労働者と職務の内容や、職務の内容・配置換えの範囲が異なる場合は、その違いを考慮したうえで不合理な差がない待遇をするもの。 |
また、派遣スタッフを受け入れた後も、比較対象労働者の待遇に変更が生じた場合はその旨を派遣元企業へ報告する必要があります。派遣元企業は変更内容を踏まえたうえで、必要であれば派遣スタッフに対しても待遇の変更をおこないます。
労使協定方式
労使協定方式とは、労働組合や過半数の代表者との交渉によって「労使協定」を結んで待遇を決定する方法です。この際、賃金については派遣先企業がある地域における同業種の平均賃金と比較して、同等以上とする必要があります。
また、締結した労使協定は従業員に周知しなければなりません。周知の方法は書面の交付や電子メール、FAXに加えて、社内のイントラネットを活用する方法も有効です。
労使協定を周知する際は、下記のような項目を盛り込んでおくとよいでしょう。
・対象となる従業員の範囲 |
加えて、労使協定を結んだ企業は、毎年6月30日までに行政機関へ提出する「事業報告書」に労使協定を添付する必要があります。その際は、派遣スタッフの職種ごとの人数や職種ごとの賃金平均額の報告も求められます。
派遣元企業に提供する待遇情報

派遣先の企業は派遣元企業に比較対象となる従業員の待遇に関する情報を提供しなければなりません。労使協定方式を採用する場合、比較対象労働者の選定は不要ですが、教育訓練や福利厚生施設に関する待遇情報を報告する必要があります。
こうした情報提供をおこなわずに、派遣元企業との間で労働者派遣契約を締結することはできないため注意しましょう。
では、具体的にどのような情報を提供すればよいのでしょうか。それぞれの方式別に解説していきましょう。
派遣先均等・均衡方式の場合
派遣先均等・均衡方式の場合、比較対象労働者に関する下記のような待遇情報を報告します。
・比較対象労働者の職務内容、職務の内容・配置の変更の範囲 |
派遣元企業は、派遣先企業から提供された情報をもとに派遣スタッフの待遇を決定する仕組みです。
待遇情報の提供は書面の交付や電子メール、FAXによっておこない、派遣元企業が原本、派遣先企業が写しをそれぞれ派遣が終了した日から3年間保存しなければなりません。
労使協定方式の場合
労使協定方式の場合、派遣先均等・均衡方式のように比較対象労働者を選定する必要はありません。しかし、教育訓練や福利厚生施設に関する待遇情報を派遣元企業へ報告する必要があります。
具体的には下記のような待遇情報です。
・業務に必要な能力を付与するための教育訓練 |
教育関連について、派遣先企業は派遣元企業の求めに応じて派遣スタッフに対しても業務に必要なスキルを習得するための教育訓練の機会を提供する義務があります。
また、福利厚生施設の利用は、下記のような種類に応じて提供の義務が異なります。
【利用機会を提供する義務がある】・・・食堂・休憩室・更衣室 |
待遇情報の報告方法は、派遣先均等・均衡方式と同様に書面の交付や電子メール、FAXによっておこない、保管期限についても3年間で同様です。
派遣スタッフの交通費を決定する際の注意点

派遣スタッフに交通費を支給する際は、下記3つのポイントに注意が必要です。
・社会保険料の源泉徴収額が変動する
・納税額が変動する可能性がある
・派遣スタッフに対する説明義務がある
それぞれくわしく解説していきましょう。
社会保険料の源泉徴収額が変動する
従業員の給与から源泉徴収する社会保険料は、標準報酬月額をもとに算出します。この標準報酬月額の対象となるのは基本賃金や各種手当で、その中には交通費も含まれています。
そのため、派遣スタッフに交通費を支給することで標準報酬月額が増加し、社会保険料にも変動が生じる可能性があります。給与計算をおこなう際は、社会保険料の金額を誤って算出することのないよう注意しましょう。
納税額が変動する可能性がある
交通費の支給方法によっては、所得税や住民税の納税額にも変動が生じる可能性があります。
通常、交通費は一定額までは非課税となっています。たとえばバスや電車で通勤する場合、1ヶ月あたり15万円までは非課税扱いとなりますので、よほど遠方の地域から通勤しない限り課税されるケースは少ないでしょう。
そのため、派遣スタッフに交通費を支給したからといって、納める所得税や住民税の負担が増加することはありません。
ただし、派遣スタッフの雇用では交通費を時給に含めて計算する場合もあります。このケースでは、給与明細に通勤手当が記載されず、交通費部分も含めた給与が課税対象となります。
したがって、時給に交通費を含めて給与を支給する際は、従業員の納税負担が増加する可能性がある点に注意が必要です。
派遣スタッフに対する説明義務がある
派遣スタッフを雇入れ・派遣する際は、その待遇について説明する義務があることが労働者派遣法にて定められています。
説明すべき具体的な内容として「労働条件に関する事項の明示」や「派遣先均等・均衡方式または労使協定方式によって不合理な待遇差を解消する旨」などが挙げられますが、交通費の支給についてもこの説明義務の対象となります。
労働者派遣法によって定められた法的な手順ですので、交通費を支給する際は必ず説明義務を怠ることのないように注意しましょう。
また、派遣スタッフから説明を求められた際は、「比較対象の従業員と待遇が異なる理由」や「待遇を決めるにあたって考慮したこと」についても説明をおこなわなければなりません。
まとめ
労働者派遣法の改正に基づき、派遣スタッフについても他の従業員との間に不合理な待遇差をなくすためのさまざまな規定が定められました。交通費もその対象のひとつで、正社員に交通費を支給する場合は派遣スタッフについても同等以上の交通費を支給する必要があります。
具体的な支給金額は「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」の2種類があります。自社ではどの決定方法が適しているか検討したうえで、派遣スタッフに不合理な待遇差が生じないよう配慮をおこないましょう。
<ライタープロフィール>
椿 慧理
フリーライター。新卒後に入行した銀行で10年間勤務し、個人・法人営業として金融商品の提案・販売を務める。現在は銀行で培った多様な経験を活かし、金融・人材ライターとして幅広く活動中。2級ファイナンシャル・プランニング技能士、1種外務員資格、内部管理責任者資格を保有(編集:株式会社となりの編プロ)