ジョブディスクリプション(職務記述書)とは?注目の背景や目的と書き方を紹介
近年、従来の「メンバーシップ型」に変わる新たな雇用制度として「ジョブ型」が注目されています。ジョブ型導入において重要な役割を果たす書類が、「ジョブディスクリプション(職務記述書)」です。
本記事では、昨今注目されているジョブディスクリプションの理解を深めるため、基本知識や目的、メリット、作成のポイントや記載項目、注意点を紹介します。
目次
ジョブディスクリプションとは
職務の内容を詳しく記述した書類を指し、日本語では「職務記述書」と訳されています。特徴は、職務のポジションや目的・内容・責任・権限、求められるスキル・技能・資格など、どのような業務を、どのように、どの範囲までおこなうかといったところまで詳細に記載すること。日本ではこれまであまり知られていませんでしたが、欧米や外資系企業では採用や人事評価に用いられている一般的な書類です。
また、ジョブディスクリプションは、昨今注目を集めているジョブ型雇用における「職務」を定義するための重要な書類です。ジョブ型雇用は、2018年11月に経団連が発表した「Society 5.0:Co-Creating The Futureともに創造する未来」に登場し、日本型雇用慣行に替わる新たな人事制度として注目されはじめました。
特に、コロナ禍におけるテレワークの導入で、管理職は部下の仕事の進捗やプロセスを確認することが難しいと感じていたことでしょう。そのようななか、仕事の内容を限定し、それを達成できたかどうかを評価するジョブ型雇用は、テレワークに合った雇用システムとして導入を検討した企業も多かったようです。
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ジョブディスクリプションの目的
ジョブディスクリプションには、主に3つの目的があります。
業務状況の明確化による生産性向上
目的のひとつは、業務状況の明確化による生産性向上です。日本の労働生産性は1970年以降、約50年間にわたって主要先進国で最下位の状況が続いています。
ジョブディスクリプションは、個々の職務内容や責任の範囲を明確にするため、企業と社員の間での目標や役割のズレが生まれにくくなります。より効率的に業務を進められるので、生産性の向上が期待できるでしょう。
適切な基準による人事評価をおこなうため
2つ目は、適切な基準による人事評価をおこなうためです。日本企業の多くは、評価基準が不明確であるといわれています。「識学」を使った経営・組織コンサルティングや従業員向け研修を展開する株式会社識学がおこなった「人事評価の“モヤモヤ”に関する調査」によると、人事評価の不満要因は「基準の不明確さ」が48.3%で圧倒的1位でした。
ジョブディスクリプションは、職務の目的や内容、必要なスキルなどを詳しく記述するため、評価基準が明確になり、適切な人事評価が期待できます。
社員のスキルアップによる競争力向上
3つ目は、社員のスキルアップによる競争力向上です。日本は2008年をピークとして人口減少時代が始まっています。労働力が減少していくなかで1人当たりの所得を維持していくためには、技術革新による生産性の向上が不可欠となるでしょう。
また、人口要因が国内マーケットを縮小させていくなかで、各企業は付加価値の高い技術創造により競争力を伸ばしていくことが求められます。ジョブディスクリプションによって評価基準を明確にすることで、社員のスキルアップやモチベーションの向上が期待できるでしょう。また、企業の競争力向上にもつながりやすくなります。
ジョブディスクリプションが注目されている背景
昨今、ジョブディスクリプションが注目されている背景として、主に3つのことが考えられます。
従来のメンバーシップ型からジョブ型にシフトする企業が増えているため
日本では「メンバーシップ型」と呼ばれる雇用制度が広く定着し、現在まで続いてきました。メンバーシップ型とは、年功序列・終身雇用・新卒一括採用などに代表される、仕事内容や勤務地を限定せず、総合職として採用し、ジョブローテーションをしながら成長させていく雇用形態です。
しかし、少子高齢化が進み、平均年齢が50歳になる地域も増えるなど、社会状況が変化し、多くの企業では年功序列や終身雇用を維持するのが困難になってきました。そのため「職務」によって評価や給与を決める「ジョブ型」にシフトする企業が増え、ジョブディスクリプションが注目されるようになっています。
外国人雇用が増加し、海外の評価基準を導入する企業が増えているため
企業経営においては、ダイバーシティ(多様性)が求められ、人口減少による人手不足も深刻化していることから、外国人の雇用が増えています。欧米企業や外資系企業では、ジョブディスクリプションを活用したジョブ型雇用が多いことから、海外にも拠点を置く日本企業では、海外支店と人事制度を統一するためにジョブ型雇用を導入しているケースもあります。
DX化の影響で高度なIT技術を持った専門職の需要が増加しているため
日本企業の喫緊の課題として、「DX化」と「競争力向上」があります。デジタル化は長年の課題とされながらも、なかなか浸透していません。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界デジタル競争力ランキング2021」では、日本の総合順位は64カ国・地域中28位と過去最低を更新しました。また、国際的な競争力の低下も深刻化しており、「世界競争力年鑑2021年版」の総合順位でも、日本は31位と停滞が続いています。
こうした状況を打開すべく、高度なIT技術を持った専門職の需要が増加しています。ジョブ型は、職務を明確にして採用をおこない、評価と給与を決めます。専門職の雇用や育成にマッチしやすい制度のため、ジョブディスクリプションへの注目が高まっています。
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ジョブディスクリプションのメリット
ジョブディスクリプションは、日本ではまだ広く定着していない制度ですが、具体的にはどのようなメリットがあるのでしょうか。企業にとっての4つのメリットを紹介します。
採用基準、評価基準が明確になる
ジョブディスクリプションは、採用基準、評価基準が明確になるものです。所属部署やチームの詳細、責任・権限の範囲、業務で必須な資格、必須ではないが歓迎されるスキルや資格、給与・待遇などが詳しく明記されるため採用基準がわかりやすく、求職者も応募しやすくなるでしょう。また、目標や評価基準も記載されるため、既存の社員もスキルアップやキャリアアップの方向性を明確にしやすくなります。
評価に対する社員の納得を得やすくなる
評価基準が明確になっていない企業は、上司の主観が人事評価に反映されやすく、社員が会社に対して不満や不信感を持つことが少なくありません。そのため、ストレスやモチベーションの低下から離職に至るケースが多くあります。ジョブディスクリプションに評価基準を明記することによって、評価に対する社員の納得を得やすくなります。また、離職率低下にもつながるかもしれません。
期待値と成果の差異に基づいた人材育成プランを立てやすくなる
ジョブ型雇用を導入しジョブディスクリプションを活用する目的のひとつは、高度なスキルを持った人材の育成です。ジョブディスクリプションは、職務ごとに求められるスキルや目標を明確にするため、期待値と成果の差異に基づいた人材育成プランを立てやすくなるでしょう。
求めている人材を見つけやすくなる
自社の求める人材が不明確な企業は、応募者とのギャップが生まれます。そのため、新卒採用では「思っていた仕事と違った」「こんなに目標が高いとは聞いてなかった」などの不満から早期離職に至るケースが少なくありません。ジョブディスクリプションを作成することで、自社が求める人材像が明確になり、求めている人材を採用しやすくなります。また、定着率の向上も期待できます。
ジョブディスクリプションの書き方
ジョブディスクリプションは、採用基準や評価基準を明確にして、社員の人事評価や処遇を決定する非常に重要な書類です。作成のポイントと記載項目について解説します。
ジョブディスクリプション作成のポイント
STEP.1:実際の職務と差異が出ないように事前にヒアリングする
ジョブディスクリプションを作成する際の重要なポイントは、実際の業務と差異が出ないようにすることです。そのため、まずは現場のヒアリングが必要です。現場スタッフのインタビューやアンケートを通じて、それぞれの業務内容を明確にします。責任や権限の範囲、必要な資格・スキル、必須ではないが求められる資格・スキルなども確認していきます。
STEP.2:役職や職位を問わず、社内全体からの意見を取り入れる
次に必要なのは、社内全体の意見を取り入れることです。現場のヒアリングをもとにジョブディスクリプションの草案を作成したら、経営層をはじめ、各部門長、現場の管理職やスタッフ、人事担当者など、役職や職位を問わず、複数の視点によるチェックをおこないます。さまざまな立場からの意見を取り入れることで、抜け漏れのないジョブディスクリプションを作成することができます。
STEP.3:導入後も実際の職務との差異がないか定期的に見直しをおこなう
ジョブディスクリプションは、1回作れば完成、というわけではありません。年間や半期ごとの目標によってミッションや業務内容が変わる場合があります。社会の変化によって、必要とされるスキルや資格、知識が変わったりもします。事業の縮小や拡大、組織変更があった場合も、内容を見直す必要があります。導入後も実際の職務との差異がないか、定期的に見直しをしていくことが重要です
ジョブディスクリプションの記載項目
ジョブディスクリプションの記載項目は、事業内容や業種、企業などによっても異なりますが、次のような内容が一般的です。
■肩書などのポジション名
肩書、役職、職種などを表す具体的なポジション名を記載します。一般的な呼称とは異なる場合は、応募者が誤った印象を持ってしまうかもしれません。注釈を加え、誤解を避けることが必要です。
■所属部署やチームの詳細
部署やチームの詳細について、ミッションや目標、役割、人数、働き方、テレワークの有無など、具体的に記載します。取り扱っている商品やサービス、取引先、顧客など、求職者や新たに配属される人材が職務の内容をイメージしやすいよう、具体的に記述することが必要です。
■責任や権限の範囲
職務の責任や権限の範囲を具体的に記します。その職務におけるミッションや、組織における役割、その背景についても詳しく書いておく必要があります。
■指揮命令系統(レポートライン)
その職務における指揮命令系統を記載します。指示を与える上司、業務報告をする相手、また部下がいる場合は、誰に指示を出し、誰から連絡を受けるのかなど、具体的に記載します。
■業務で必須な資格
職務における必須な資格を明記します。その職務を遂行するにあたって必要な経験やスキルがある場合も、具体的に記述します。業界経験、職種経験、マネジメント経験、それらの年数やマネジメントした人数、語学力、プログラミング経験、必要となるツールやソフト経験などを箇条書きにします。
■必須ではないが歓迎されるスキルや資格
必須ではなくても歓迎されるスキルや資格がある場合は、上記のように箇条書きにします。それらのスキルや経験が必要な理由も明記しておくことで、求職者が応募しやすくなり、社員もスキルアップやキャリアアップの方向性を明確にしやすくなります。
■給与・待遇
想定年収や給与、待遇、福利厚生など、処遇についても具体的に記載します。必要となる資格やスキルを取得した場合に昇給する場合は、それらについても記載します。
■目標・評価基準
その職務における目標や評価基準を記載します。MBO(目標管理制度)やOKR(達成目標と主要な成果を設定し、高い目標の達成を促す目標管理方法のひとつ)などの評価制度を導入している企業は、それらについても記載し、人事評価の方法を明確に伝えます。
ジョブディスクリプションの注意点
ジョブディスクリプションによって職務を定義し、採用・評価をおこなうジョブ型雇用は、欧米では主流になっています。しかし、日本企業には馴染まない、運営が難しいといった声もあり、必ずしもすべての企業に最適な制度とはいえません。導入を検討する際は、以下の注意点にも留意しましょう。
社員の成長範囲が限定される
ジョブディスクリプションは、専門職の採用・育成に適した制度です。職務を限定し採用や評価をおこなうため、社員の成長範囲が限定されます。そのため幅広い業務に携わることが求められるゼネラリストの育成には不向きといえそうです。
自社が求めているのは、どのような人材なのか。それを明確にしたうえで検証することが必要です。専門性が求められる特定の職種のみジョブディスクリプションを採用する、業務委託の採用・評価の指標にするなど、限定的な活用の仕方を考えてみてもいいでしょう。
柔軟性のある働き方ができなくなる可能性
ジョブディスクリプションの特徴は、職務の範囲を明確に定義することです。そのためジョブディスクリプションの契約内容に記載されていない業務に関しては、遂行する義務はなく、強制することもできません。
幅広い業務に携わることが求められるゼネラリストの契約とは求められる行動が異なるため、記載された業務以外はおこなわなくなり、柔軟性のある働き方ができなくなる可能性があります。チームによる目標達成や協働についても記載するなど、職務の範囲を慎重に検討する必要があるでしょう。
運用の難しさも考慮する必要がある
ジョブディスクリプションの作成は、現場のヒアリングをはじめ、経営層や各部門長など複数の視点によるチェックが必要です。作成後も定期的に内容を見直すことが必要となるため、多くの工程が発生することを認識しておかなければいけません。
また、人が足りない部署があっても、契約内容に記されていなければ異動や転勤を命じることは難しく、ジョブディスクリプションに記載されていない業務が発生した場合に誰が担当するのかなど、運用面の難しさがあります。
導入する場合は、ジョブディスクリプション作成の手間や、運用後に起こり得る、あらゆる問題を検証したうえで決断することが重要です。「ジョブ型雇用」の導入によってこれまでの年功序列がなくなり、「年下上司・年上部下」が当たり前になることに、従業員が抵抗することも考えられます。安易に導入してしまうと社内の混乱を生むため、慎重に検討する必要があります。
まとめ
ジョブディスクリプションの導入は、生産性や競争力の向上、評価基準の明確化、高度なスキルを持ったスペシャリストの育成など、さまざまなメリットがあります。専門職の需要が増加している昨今、日本でも注目されており広がっていく可能性があります。
一方で、ゼネラリストの育成には不向きであり、作成や運用には多くの手間がかかることも認識しておく必要があります。自社が求める人材像や雇用制度のあり方、今後の人事戦略など、多角的な観点から検証し、導入を検討することをおすすめします。
《ライタープロフィール》
鈴木にこ(ライター)
求人メディアの編集者を経て、フリーランスとして活動中。派遣・新卒・転職メディアの編集協力、ビジネス・ライフスタイル関連の書籍や記事のライティングをおこなう。