【社労士監修】2022年10月改正 社会保険の適用拡大とは?変更点や企業への影響を解説
2016年10月を皮切りに、社会保険の適用拡大が進められています。働き方改革の施行によって多様な働き方の選択肢が増え、必ずしも正社員で入社し、同じ会社で終身雇用という働き方だけではなくなりました。たとえば、パートやアルバイトとして労働を提供するという方も少なくありません。
本記事では社会保険の適用拡大の概要を記しながら、これまでの社会保険制度からの変更点だけでなく、企業と従業員それぞれに与える影響と適用拡大のポイントを解説します。
目次
社会保険の適用拡大とは
主な目的は社会保険の適用対象者の範囲を拡大すること。2024年10月までを予定として、段階的に対象となる企業を広げていくことです。適用拡大の中身については、対象となる労働時間等がより広く適用されることとなります。
なお、役員については労働時間の概念がありませんので、事実上「対象労働者」が拡大されるという理解です。これまでパートやアルバイトであったため社会保険には入らなくても問題なかったとしても、今後はそのようにはいかなくなります。
2019年、統計開始後初めて出生数が90万人を下回りました。このことから当分の間、生産年齢人口の回復は難しいことが浮き彫りになっています。
社会保険は、健康保険と厚生年金に分類され、給付額としては年金の方が高額です。年金については、もはや「現役引退後」に給付が始まることが多く、健康保険についても高齢であればあるほど給付の機会が多くなることが予想されます。
そうなると、給付の財源となる保険料を納める現役世代の減少は社会保険制度の持続的運営に支障をきたすということです。日本はすでに人口の21%を超える「超高齢社会」に突入しており、支え手を増やしていくことは喫緊の課題であるということです。
適用拡大の詳細については後述しますが、まずは企業の規模要件というものが拡大されていきます。執筆時点での直近改正では、2022年10月1日に従業員数100人超(101人以上)の企業が適用拡大の対象に含まれ、その企業規模が2024年10月1日には50人超(51人以上)に拡大される予定です。
50人超の企業まで拡大されるとなれば対象企業数は相当数に上ります。そのため、多くの中小企業にも影響を与える改正であることは想像に難くありません。
また、すでに社会保険加入者数の総数が6ヶ月以上で100人超となったことが確認された場合、日本年金機構より「特定適用事業所該当通知書」が送付されます。社会保険は逆選択(入るか入らないかを本人が選択する)ができませんので、要件を満たした場合は加入が義務付けられます。
これまでの社会保険制度からの変更点
多くの支出を伴う年金給付の財源確保という観点からも、適用拡大は必要な施策であるという理解はされつつあるでしょう。しかし、一定の段階を踏まなくてはならず、まずは後述する企業規模要件を設けて段階的に改正がおこなわれていきます。
① 適用企業の拡大
これまでは、従業員数500人超(501人以上)の企業が対象とされていました。しかし、2022年には従業員数100人超(101人以上)の企業が対象になり、2024年には50人超(51人以上)まで拡大する予定です。
これは、いわゆる企業規模要件と呼ばれるものです。従業員の個別の労働条件とは直接的に関係ないものですが、仮に企業規模要件を満たす企業に転職する場合、これまで配偶者の扶養に入ることが認められていたとしても、自ら社会保険に加入して保険料を納めていく必要があるということです。
② 対象になる短時間労働者の要件拡大
下記に該当するパート・アルバイトの従業員について、社会保険への加入が義務付けられることとなります。
・週の所定労働時間が20時間以上であること ・雇用期間が2ヶ月を超える見込みであること(※) ・賃金の月額が88,000円以上であること ・学生でないこと |
(※)これまでは「1年以上の雇用見込み」であったものの、2022年10月から「2ヶ月を超える雇用見込み」へと改正されました。形式的に2ヶ月という契約であっても、下記の2つのケースにおいて、更新の可能性がある場合は法の趣旨からして加入対象者に含まれます。
・実質的に反復継続して更新されているケース
・実際に反復継続して更新した実績がない初回契約のケース(契約上「2ヶ月を超えない」が明示されていない場合も含める)
また、誤りが起きやすいこととして、適用拡大により対象となるか否かを契約締結時に判断する点が挙げられます。基本的には、適用拡大前であっても社会保険要否判定は契約内容(労働時間など)を元に判断することは変わりません。
ただし、これまでは扶養の年収要件である「年収130万円未満」については、見込みで判断することとされていました。たとえば、契約締結内容は社会保険適用対象者でなく被扶養者として勤務していたものの、残業によって「年収130万円」が見込まれた段階で社会保険に加入するといった将来的な判断も選択肢としてはあったのです(契約締結当初から明らかに超えることが見込まれる場合は当初から加入対象)。
社会保険の適用拡大による企業への影響
社会保険の適用拡大は、企業にどのような影響を及ぼすのでしょうか? 3点ピックアップしました。
企業が負担する社会保険料の増加
企業目線では、国民健康保険料や国民年金との最大の相違点として、保険料の事業主負担分があることです。
社会保険料は労使折半となり、保険料の半分は事業主が負担することとなります。また、2022年4月以降に保険料率が上昇改定された雇用保険料率(一般の事業で2022年9月30日までは0.95%、2022年10月1日から1.35%)と比較したとしても、社会保険料(東京都の場合の健康保険料が9.81%、厚生年金保険料が18.3%)の負担の大きさは明らかでしょう。また、厳密には子ども・子育て拠出金もあるから、対象者が増えることで企業の負担も大きくなるでしょう。
社会保険未加入で、働き続けたい従業員の労働時間調整による人員不足
繰り返しになりますが、社会保険は逆選択が認められていません。そのため、仮に加入しないという選択をする場合、労働者目線では労働時間を調整する(労働者側から労働時間を減らしたい旨の申し出)という方向に舵を切ることが想定されます。
これが何を意味するかというと、企業内の人手不足に拍車がかかるということです。「週の所定労働時間が20時間以上」とは、仮にその企業の正社員が労働基準法で定める1週間あたりの労働時間の上限である週40時間労働とすると、その半分を下回ることを意味します。つまり、人手不足に悩まされる企業にとっては、看過できない問題に発展することが予想されるでしょう。
想定されるリスクとして、正社員等に業務が集中して長時間労働の問題が起きるだけでなく、そこから派生して健康問題にもつながりかねません。執筆時点では医師など一部の職種を除き、すでに中小企業であっても法律によって時間外労働時間数は上限が設定されています。そのため、36協定の再締結など影響範囲は決して狭くありません。
加入対象の従業員の洗い出しや加入手続きの増加で人事等の負担が増える
ある程度の人員を抱える企業であれば、対象者の抽出が急務です。特にさまざまな時間帯での労働契約を締結している場合等は一度契約内容を精査し、誰が対象となるのか、また対象となった場合には(法律で認められているとはいえ)保険料が給与から天引きされるなどの説明は不可避でしょう。
近年は共働きが一般化しており、手取り額が減ってしまうことに対してポジティブに感じる方は少ないでしょう。説明を終えた後には加入手続きが控えており、これは将来の年金受給額にも直結するため慎重さが求められます。
社会保険の適用拡大による従業員への影響
一方、社会保険の適用拡大により、従業員にはどのような影響があるのでしょうか?
社会保険への加入によって受け取れる年金額が増加する
社会保険に加入することで、年金額の増加があります。社会保険とは健康保険と厚生年金を総称した保険ですが、たとえば夫の扶養に入っただけの状態では国民年金第3号被保険者という形で区分され、国民年金のみに加入している状態です。仮に一生涯扶養に入ったままの状態で年金を受給するようになるとすれば、厚生年金から給付される老齢厚生年金は全く支給されないことを意味します。
一例として、夫が長く社会保険に加入して厚生年金から多くの老後の年金を受給し、夫婦の老後資金に充てるという考え方もあります。しかし、日本では男性よりも女性の方が平均余命の長いことを勘案すると、ある程度ご自身の年金額を増やしておくことはマイナスにはなりません。また、夫がフリーランサーへ転身した場合は厚生年金から抜けることにもなりますし、そもそも老後の年金は終身年金(死亡する月まで給付対象)という点も考慮すると、むしろプラスの面は無視できなります。
健康保険への加入で所得補償を受けられ、扶養家族も健康保険に入れる
人生100年時代、70歳までの継続雇用努力義務化等、「長く働く」ことが前提の社会が形成されつつあります。長く働くということは、その間で一時的に病気やけがによって働くことが困難となることもあるでしょう。その場合は傷病手当金といい、継続して3日以上、医師より働くことが難しいと診断された場合、4日目から概ね給与相当額の67%程度(非課税)が補塡(ほてん)される制度があります。
また、2022年1月1日より法改正があり、より時代背景を反映させた労働者目線でプラスとなる改正がおこなわれました。近年、外見からは容易に判別しにくいメンタル疾患が増えています。また、当該疾患の特徴として、多くの場合に復帰と休職を繰り返すという性質があります。
以前の傷病手当金であれば「支給を始めた日から」1年6ヶ月の期間内での支給とされていました。
改正後は「1年6ヶ月分」(途中に支払われない月がある場合、その月は1年6ヶ月に含めず)支給されることとなり、途中で復職した期間は通算されなくなりました。
なお、ご自身が社会保険に加入することで、扶養家族を健康保険に入れることも可能となります。もちろん扶養親族が増えたとしても、月々の社会保険料負担額は、そのことをもって増えることはありません。
社会保険料を納める必要がある
「保険」という仕組み上、当然ながら保険料を納める必要がありますので、手取り額が減ってしまうことはデメリットといえるでしょう。もちろん、(健康には配慮しながらも)労働時間を増やすことなどによって、手取り額減は緩和することも可能でしょう。
配偶者扶養から外れるため、配偶者の税負担が増加する場合がある
税関連の法改正もおこなわれましたが、社会保険に加入対象になるのであれば(手取り額が減る分を挽回する意味などで)労働時間を増やし、収入を増やすという方向に舵を切ることも想定されます。その場合、一定額を超えると、これまで夫へ配偶者特別控除がついていたものの、対象外になった(あるいは恩恵を受けられる額が下がった)ということも考えられるでしょう。
社会保険の適用拡大のポイント
社会保険の適用拡大について、押さえておきたいポイントを3点紹介します。
新たに社会保険の加入対象となる従業員に、その旨を説明する必要がある
給与から保険料を天引きするという性質上、企業側としては対象者への説明は避けることができません。その際には、天引きされる額がどの程度か示すことで不安を緩和できるでしょう。手取り額減を回避するために、労働時間を増やしたいという相談も想定されます。その場合は雇用契約書の再締結など、副次的に生じる事務手続きも失念することのないような対応が必要です。
助成金を活用できる場合がある
社会保険の加入が広がることで、一定の求人効果があるという見方もできます。しかし、企業にとって保険(特に保険料の納付)は、比較的負担が重たい区分に入るものでしょう。各種助成金等を活用できる場合はありますが、助成金は毎年度要件が変わることが少なくないため、必ず最新情報をチェックしてください。
社保と国保が二重加入にならないよう注意
雇用される側の注意点としては、社会保険と国民健康保険で二重に加入することはできない点が挙げられます。
職場で社会保険に加入するとなれば、多くの市区町村では国民健康保険の資格を喪失する手続きが必要です。万が一、必要のない国民健康保険料を納付してしまった場合は、市区町村の窓口に問い合わせ、還付請求が可能となります。従業員から問い合わせされることもあるので、企業側としても回答を用意しておきましょう。
まとめ
現役世代の減少に伴い、年金等の財源確保が難しくなっていくことは喫緊の課題です。しかし、適用拡大に向けた情報の周知には一定の時間を要しますし、企業の体力を勘案してもある程度は段階的に進めていく必要があるでしょう。そのため2016年10月以降、企業規模要件を区切りとした段階的な適用拡大が進められています。
現時点では適用対象外の企業であっても、対象に戸惑うことのないよう、どの程度の支出が伴い、対応するにはどの程度の時間を必要とするのかを見積もって進めていくことが大切です。
ライタープロフィール
蓑田真吾/社会保険労務士
都内医療機関において、約13年間人事労務部門において労働問題の相談や社会保険に関する相談を担う。対応した医療従事者数は1,000名を超え、この他、約800名の新規採用者、約600名の退職者にも対応。社労士独立後は、労務トラブルが起こる前の事前予防対策に特化し、様々な労務管理手法を取り入れ労務業務をサポートしている。また、年金・医療保険に関する問題や労働法・働き方改革に関する実務相談を多く取り扱い、書籍や雑誌への寄稿を通して、多方面で講演・執筆活動中。著書に、「後悔を減らすために失敗事例から学ぶ労務管理」「社労士が教える産休・育休制度を有利に活用する本」「これで解消!医療機関の9つの労務リスク」など。
https://www.minodashahorou.com/