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人事戦略とは?意味・目的・戦略人事との違い・策定ステップを解説

人事戦略とは?意味・目的・戦略人事との違い・策定ステップを解説

近年では、少子高齢化による労働人口減少や働き方の多様化、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展など、市場環境が大きく変化してきました。それにより人的資源を活用するための人事戦略の策定が不可欠なものになってきています。

本記事では、人事戦略の概要や戦略人事との違いとともに、人事戦略を進めるメリットや策定ステップ、策定時のポイントについて解説します。

人事戦略とは

人的資源(ヒト)である従業員は、「モノ」「カネ」「情報」と並ぶ、重要な経営資源です。人的資源をどう活用するかが、企業が持続的に成長していく鍵を握ります。

その人的資源を、企業の目標・ビジョンに合わせて戦略的に活かす取り組みが人事戦略です。採用活動から人材の育成、適切な配置に至るまで、人事に関する業務やオペレーションを見直すことにより、組織全体の生産性向上を目指します。
 

人事戦略の目的

人事戦略の主な目的は、適切な人材を確保・育成し、組織全体のパフォーマンスを向上させ、企業の目標達成につなげることです。人事戦略は、組織の長期的なビジョンと深く関わっています。

人事戦略は、業務の内容や組織の文化、成長計画といった要素をふまえて策定されます。近年では、労働力人口の減少や働き方の多様化など、企業を取り巻く環境が変化してきました。それに伴い、人事に関する課題も増えています。

そのため、自社の人事のあり方を見直し、改善するための施策を講じる必要があります。例えば「特定のスキルを保有した人材が不足している」という課題に対しては、採用活動の強化や従業員のスキルアップなどが考えられるでしょう。

システムツールを導入し、少ない人数でも業務が円滑に進むようにするのもひとつの方法です。これらの施策は、どれも組織の課題解決の手段です。人事戦略の目的は、あくまでも組織の課題解決であることを理解しましょう。
 

対象となる業務範囲

人事戦略が対象とする業務範囲は、採用や育成、評価、組織体制など多岐にわたります。具体的な業務として大きく以下の4つに分けられます。

●    人材の供給方法:採⽤・配置・評価・育成など
●    人事制度の方針:等級制度・評価基準・報酬体系など
●    組織体制や役割分担:全社的な人事機能・事業部ごとの人事・外部委託の活用
●    人事部門の人材構成:人材に必要なスキル・人員

人事戦略を策定する際は、幅広い業務領域を網羅し、これらを戦略的に管理していくことが大切です。
 

戦略人事との違い

人事戦略と似た言葉に「戦略人事」があります。戦略人事とは「戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management)」のことです。略してSHRMともよばれ、企業の経営目標や経営戦略を達成するための人材マネジメントを意味します。

例えば、自社のDX化推進に向けてITスキルを持った人材を確保したり、専門の部署を新たに設けたりすることが挙げられます。企業が直面している、もしくは近い将来起こりうる課題に対し、人事という側面から解決策を見つけ出そうとするのが「戦略人事」の役割です。

人事戦略よりも経営に近い立場から物事を捉え、ビジネスに対する深い理解が求められます。

一方、人事戦略は、組織全体の戦略的な方向性に基づき人的資源の管理を計画し、実行していく計画やプロセスを指します。人事戦略が主に焦点を当てるのは、組織の目標達成に必要な人材を確保し、従業員一人ひとりの能力を最大限に活かすことです。

具体的には、効果的に人材を採用するために合同企業説明会へ参加したり、外部の専門業者へ委託したりすることが挙げられます。

戦略人事と人事戦略は、どちらも企業の成長にとって大切な考え方ですが、役割や焦点が異なります。戦略人事はビジネス戦略と密接に結びつき、組織全体の成功を目指しているのに対し、人事戦略は特定の人事に関連する課題に対応し、組織の長期的な目標達成に貢献することが目的です。

しかし、人事戦略と戦略人事は、分けて考えるものではありません。企業が抱えている人事面の課題に対し、より経営側が主体となり方針や戦略を立てるのが「戦略人事」です。一方、戦略人事の考え方を反映させ、現場が主体となって日々の業務の効率化を図るための具体的な戦略が「人事戦略」です。

戦略人事と人事戦略の連携が、企業の持続的な成長につながります。
 

人事戦略を進めるメリット

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人事戦略を進めるメリットとして、以下の3つが挙げられます。

●    組織目標・経営目標の達成
●    組織パフォーマンスの最大化
●    優秀な人材の確保と定着

ここでは、それぞれのメリットについて解説します。
 

組織目標・経営目標の達成

人事戦略を策定する際には、現状の課題を洗い出します。課題を明確にし、対策を考案し、改善を実行していくことにより、企業は成長します。

課題は、日々の業務の中で明らかになることも多いものの、それらを改善していくうえでは、それぞれの課題をより広い視野で捉えることが必要です。現場で明らかになった課題を俯瞰的に見られる立場にあるのが人事部門です。

人事部門が俯瞰的に現場の課題を捉え、対策を講じることにより、組織目標や経営目標の達成につながります。
 

組織パフォーマンスの最大化

社会の状況は日々変化しており、企業は「人材が以前より採用しづらくなった」「働き方改革によって残業時間を減らさなければならなくなった」といった課題に常に直面しています。

そのため、企業にはこれまでの業務の進め方の見直しや効率化による生産性向上が求められています。生産性を高められなければ、経営を圧迫し、競争の中で他社に後れをとってしまうことも考えられるでしょう。

それらの課題に対応する際に、統一された対処の方針や改善の方向性を示す必要があります。その役割を果たすのが人事戦略です。人事戦略を通じて業務の改善や効率化を進めることは、組織全体のパフォーマンスを向上させるために不可欠といえます。

優秀な人材の確保と定着

人事戦略は、優秀な人材を惹きつけ、そして長く活躍してもらうためにも有効です。近年では、労働力人口の減少とともに雇用の流動化や働き方の多様化が進んでいます。

就職みらい研究所の調査によると、働きたい組織の特徴に対する質問において「仕事と私生活のバランスを自分でコントロールできる」と答えた割合が2014年卒では34.5%なのに対し、2025年卒drは50.5%でした。
この結果からも、この30年の間に、仕事とプライベートをどのように両立させるかという意識が大きく高まったことがわかります。採用候補者の価値観の変化に対応できなければ、採用活動は難しくなるでしょう。

組織の文化は、従業員の行動や意思決定に影響します。適切な人事戦略ができれば、前向きで働きやすい職場文化を構築でき、企業価値の向上につながります。企業価値が向上すれば、従業員の満足度や仕事への意欲を高めることにつながるため、優秀な人材の確保や定着率向上が期待できるでしょう。

参照:就職みらい研究所「データから見る近年の新卒採用・就職活動の変化」

関連記事:エンゲージメントとは?従業員エンゲージメントを高める方法を解説|人材派遣会社は
 

人事戦略の策定ステップ

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人事戦略を効果的に策定し実行するためには、正しい手順を踏むことが大切です。企業理念の理解から始まり、具体的な施策の実行と効果検証に至るまで、計画的に進めていく必要があります。ここでは、それぞれの手順について解説します。

①企業理念・経営戦略の理解

人事戦略を策定する最初のステップは、自社の企業理念や経営戦略を理解することです。組織の理念とともに長期的なビジョンを理解し、現在の市場環境や業界の動向を分析します。

この段階では、組織のリーダーや関係する部署との緊密なコミュニケーションが欠かせません。組織全体の目標と人事部門が目指す目標を一致させる必要があります。

また、組織が現在直面している主な課題や、将来に向けてどのようなチャンスがあるのかを特定し、それらの要素が人事戦略にどのように影響するのかを検討することも重要です。
 

②目指すべき組織・人材像を明確化

企業理念・経営戦略の理解ができたら、組織の目標達成に向けて、人的資源のニーズを分析します。従業員の現時点でのスキルを評価し、将来の事業計画に基づいて、どのような人材が何人必要になるのかを予測します。現在の人事の取り組みと、将来目指すべき姿との間にどのようなギャップがあるのかも明確にし、課題を特定しましょう。

労働市場の動向や、採用の難易度、従業員の離職率といった外部要因も考慮に入れることが大切です。課題や外部要因をふまえたうえで、どのような人物像を求めているのかを整理します。

求める人物像は、スキルや年齢だけでなく、考え方や特性なども条件も具体的にしましょう。それにより、人事戦略の方向性が定まります。
 

③課題解決に向けた対策の優先順位付けと施策検討

目指すべき組織や人材像を明確化したら、具体的な施策を考え、人事計画を立てていきます。採用活動や人材配置、人材育成が一貫性のあるものになるよう考えながら、人事に関する課題に対して現実的な解決策を探っていきます。

例えば、チーム内の一部の担当者に業務が集中している場合、必要なスキルを有する経験者を中途で採用することがひとつの方法として考えられるでしょう。一方、現在いるメンバーに資格取得を促した方が採用にコストをかけるよりも効率的になる可能性も考えられます。

その場合、セミナーへの参加費用や書籍の購入代金などを補助する支援制度を導入することが具体的な対策になります。このように、具体的な課題に対して、複数の解決策が考えられるケースもあるでしょう。

ただし、適した解決策は自社の置かれた状況によって異なるため、解決策には優先順位をつけることが大切です。
 

④人事制度の見直し

施策の検討が終わったら、現在の人事制度の内容や運用方法を見直します。策定した人事戦略を実行するためには、既存の制度を必要に応じて変更する必要があります。

人事戦略との整合性がとれるよう、人事制度や運用方法を見直し、必要な変更点を明確にしましょう。特に、給与体系や評価基準は人事戦略による変更が発生しやすい項目です。
 

⑤戦略の実行と効果検証

人事制度を見直したら、策定した人事戦略を実行に移します。戦略を実施するためには、明確な行動計画を立て、必要な人員や予算といったリソースを割り当てます。関係者に対して戦略の内容をわかりやすく伝えることも必要です。

ただし、戦略を実行すれば終わりではありません。その効果を定期的に評価することが重要です。実行した戦略の効果を評価するため、数値で測れる定量的な指標と、数値では測りにくい定性的なパフォーマンス指標を設定し、定期的に測定しましょう。

人事戦略をより良いものにしていくためにも、PDCA(plan-do-check-act)サイクルを回すことが大切です。
 

人事戦略を策定する際のポイント

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人事戦略を策定する際のポイントとして、以下の4つが挙げられます。

●    整合性や一貫性
●    適合性
●    社内全体への周知と協力体制の構築
●    中長期的視点の改善

ここでは、それぞれのポイントについて解説します。

整合性や一貫性

人事戦略は、企業の目標・ビジョンに合わせて、人的資源の計画や配置、管理をする戦略です。採用や育成、評価など、さまざまな要素で構成されています。そのため、人事戦略と経営戦略やビジネスモデル、組織体制、人事制度は、整合性や一貫性がとれている必要があります。

対策を講じる際に、他社の成功事例が参考になるケースもあるでしょう。しかし、他社の成功例をそのまま自社に取り入れても、同じような成果が得られるとは限りません。

整合性や一貫性がとれていない場合、従業員から不信感を持たれてしまうケースもあります。他社の方法に惑わされず、自社の理念や課題に沿った人事戦略を立てることが大切です。
 

適合性

人事戦略は、労働関連の法規制や社会情勢といった外部環境に適合していることも重要です。近年では働き方の多様化やデジタル技術の進化により、企業には労働環境の整備が求められるようになりました。

これまでの長時間労働や全員が同じ働き方をする考え方自体が受け入れられなくなっています。テレワークや副業の推進、AIを活用したスキル管理など、新しい働き方に対応するための戦略設計も重要なテーマです。これらの外部環境を無視したような戦略は、従業員のモチベーション低下だけでなく、社外からの企業の印象を悪化させる可能性もあります。

ビジネス環境は日々変化しており、予測できない事態も起こりえます。コロナウイルスによるパンデミックの発生時には、テレワークが急速に広がりました。このような変化に迅速に対応できるよう、定期的に外部環境を分析し、戦略自体を定期的に見直し、必要な場合には戦略自体を見直せる体制を整えることも重要です。

また、優秀な人材を確保できたとしても適切な教育や配置の方法ができていない場合、その人材の能力を引き出せないだけでなく、従業員のモチベーションが低下し、離職につながる恐れがあります。

そのため、従業員の能力やスキル、キャリアプランを把握したうえで、それぞれの適性に合った役割を割り当てることが大切です。上司や部下との相性や、チームとして協力しやすい環境づくりといった観点も考慮すると良いでしょう。
 

社内全体への周知と協力体制の構築

人事戦略の成功には、経営陣や人事部だけではなく、現場の従業員まで、全員が同じ方向を向いて取り組む必要があります。そのためには、社内全体への周知と協力体制の構築が不可欠です。

しかし、これまでのやり方を変えることに抵抗感を持つ従業員が出てくる可能性もあるでしょう。施策を実行しようとしても、現場が動いてくれなければ意味がありません。

従業員の理解を得るためには、社内に自社の戦略を丁寧に説明する必要があります。社内報やメールなど、一方通行の周知ではなく、説明会を開催し、質問の機会を設けると良いでしょう。
 

中長期的視点の改善

人事戦略を考える際には、短期的な視点だけでなく、中長期的な視点からの改善も大切です。短期的な視点に該当するのは、直近の人員不足や特定のスキルを補うための施策です。一方、長期的な視点では、組織が成長に合わせた人材確保の方法や、育成方法の整備が該当します。

たしかに、短期的な視点も重要です。しかし、人材育成は短期間で成果が出るものではありません。次世代のリーダーを育成したり、専門的なスキルを持った人材を確保したりするには、年単位の時間がかかります。

目先の課題解決だけでなく、将来を見越した人材育成や組織開発を計画に盛り込むことにより、企業の持続的な成長を支える人事戦略となるでしょう。
 

人事戦略に役立つフレームワーク・ツール

人事戦略を効果的なものにするためには、フレームワークやツールを使うことがおすすめです。ここでは、人事戦略に役立つフレームワークとツールを紹介します。

フレームワーク例

フレームワークの活用により、客観的な視点で現状の課題を把握したり、分析したりできます。人事戦略に活用される主なフレームワークは、以下のとおりです。

フレームワーク 概要
ロジックツリー ・問題をツリー状に分解し、
・複雑な問題を整理し、優先順位付けと解決策発見に役立つ
・原因を階層的に分析することで、全体像を把握できる
SWOT分析 ・内部環(強み(Strength)・弱み(Weakness))と外部環境(機会(Opportunity)・脅威(Threatの4要素から組織の状況を分析する
・組織の強みと弱みを把握できる
・機会を最大限に活用し、脅威を最小限に抑える戦略を立てられる
SMART ・具体的(Specific)・測定可能(Measurable)・達成可能(Achievable)・関連性(Relevant)・時間制約(Time-bound)の5要素から目標を設定する
・具体的で実行可能な目標設定ができる

フレームワークによって分析できる情報は異なります。目的に応じて適したフレームワークを選ぶとともに、複数のものを組み合わせると良いでしょう。

タレントマネジメントシステム

人事戦略に役立つツールとして、タレントマネジメントシステムが挙げられます。タレントマネジメントシステムは、従業員のスキルや経験、評価、育成などの情報を一元管理できるツールです。

サーベイ機能を備えたシステムであれば、従業員満足度やエンゲージメントなどの把握も可能です。人事戦略を検討・実行するうえで必要な情報を管理できるため、自社の課題特定や施策検討にかかる工数削減につながります。
 

まとめ

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人事戦略とは、人的資源の計画や配置、管理をする戦略です。人事に関する業務やオペレーションを見直すことにより、組織全体の生産性向上を目指します。人事戦略を進めることにより、組織の目標達成やパフォーマンス向上、優秀な人材の確保と定着などのメリットが得られます。

人事戦略を策定する際は、整合性や適合性とともに、社内全体への周知や中長期的視点での改善を意識することがポイントです。本記事を参考に自社の現状を見直し、自社に適した人事戦略に取り組みましょう。
 



《ライタープロフィール》
ライター:田仲ダイ
エンジニアリング会社でマネジメントや人事、採用といった経験を積んだのち、フリーランスのライターとして活動開始。現在はビジネスやメンタルヘルスの分野を中心に、幅広いジャンルで執筆を手掛けている。