リテンションマネジメントとは? 目的やメリット、成功に導くポイントを紹介
社員の離職を防ぎ、社内の定着化を促進するための人材管理手法として、「リテンションマネジメント」が注目されています。しかし、具体的にどんな取り組みをおこなえばよいのか、そもそもリテンションマネジメントとは何かについて疑問を抱く方も多いでしょう。
本記事では、リテンションマネジメントが注目を集める背景から、企業がリテンションマネジメントに取り組むメリット・デメリット、そしてリテンションマネジメントを成功に導くポイントまで解説します。社員の定着率改善に取り組まれている人事担当者様は参考にされてください。
目次
リテンションマネジメントとは
リテンションマネジメントとは、人材流出を防ぐための人事管理手法を指します。維持・引き留めの意味を持つ「リテンション(retention)」と、管理の意味を持つ「マネジメント(management)」を組み合わせた造語です。
従業員が離職をせずに自社で働き続けてもらうためには、労働環境や人事制度を整備するなど、企業として適切に管理していくことが有効であるとされています。とりわけ、あらゆる業界で人材採用難が叫ばれるなか、いかに優秀な人材を確保し続けられるかどうかは、企業にとって重要な人事戦略といえるでしょう。
リテンションマネジメントに取り組む目的
リテンションマネジメントの目的は、従業員の定着化を促進し、優秀な人材に長期的に活躍し続けてもらうことです。一般的に業務経験が長くなればなるほど、業務生産性は向上します。たとえば、モノづくりの現場でも経験の浅い職人が10個作るところを、熟練の職人が同じ時間で20個作ることができれば生産性は2倍です。
また、新しい人材を採用すれば、採用や教育に時間・労力・コストがかかりますが、そもそも人が辞めなければ、それも発生しません。そのため企業は優秀な人材が離職することを未然に防ぎ、自社で長く活躍し続けてもらうために、リテンションマネジメントに取り組む必要があります。
リテンションマネジメントが注目される背景
近年、リテンションマネジメントの注目度が高まっており、多くの企業がその重要性をあらためて認識しています。ここでは、リテンションマネジメントが注目されるようになった理由を2つ解説します。
労働力人口の減少
少子高齢化が深刻化する国内では、労働力人口(※)の減少により人手不足に陥っています。
(※)労働力人口:15 歳以上人口のうち、就業者と就労意思のある失業者を合わせた人口のこと
近年、あらゆる産業では人手不足を補うために、ITツール活用による業務の省力化や企業DXに取り組んでいるものの、その効果は限定的となっているケースが少なくありません。国際的な位置づけでいえば、日本の労働生産性は先進国のなかでも最下位となっているのが現状です。
経験豊富な即戦力人材の中途採用も難しく、1人あたりの採用コストは企業の利益を圧迫しています。そうしたなかにおいて、企業は従業員の離職を防ぎ、労働生産性向上に目を向けるのは自然の流れといえるでしょう。
《参考サイト》
生産性向上の必要性(総務省)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd112110.html
企業活動におけるデジタル・トランスフォーメーションの現状と課題(総務省)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/n1200000.pdf
人材の流動化
人材の流動化とは、1つの企業や組織で働き続けるのではなく、転職などを通じてキャリア形成を図ることです。従来の日本の雇用制度では、新卒一括採用や、年功序列、終身雇用を前提とした制度が中心となっており、世界的に見て人材の流動性は低いとされていました。
しかし、近年では価値観の多様化、景況感の変化、インターネットの普及などに伴い、積極的に転職活動がおこなわれています。リクルートの調査からも、20代前半の転職割合は年々増加傾向であることがわかっています。
人材の流動性が高まることで、優秀な人材が成長産業に集まり、経済の新陳代謝につながるという見方もあります。各企業からすれば、優秀な人材が離職することは売り上げ・利益の損失に直結するため、死活問題としてリテンションマネジメントが注目されています。
《参考サイト》
若手の中途採用・転職意識の動向 (リクルート)
https://www.recruit.co.jp/newsroom/recruitcareer/news/20200219_03.pdf
リテンションマネジメントに取り組むメリット
リテンションマネジメントは、働く従業員に対して好影響をもたらす施策として多くの企業が導入を進めています。企業がリテンションマネジメントに取り組むことで、どんなメリットがあるのでしょうか。主なメリット5つを紹介します。
採用・教育コストの抑制
リテンションマネジメントに取り組むことで、企業は欠員補充のための採用活動を抑制することができます。新たに従業員を採用すれば業務上必要な教育をおこなう必要がありますが、既存の従業員が定着すれば、教育にかかる労力も削減されるでしょう。
採用力の向上
リテンションマネジメントは既存従業員の定着率向上だけではなく、新しい人材を採用する際にも好影響をもたらすでしょう。リテンションマネジメントを導入する際は、「従業員が辞めないためにはどんな仕組みを整えるべきか」「従業員が辞めてしまう原因は何か?」といったように社内で議論がおこなわれます。
そうしたプロセスは、おのずと従業員満足に向き合うことになるため、結果として自社の採用力向上につながる可能性が高まります。
企業ブランディング
リテンションブランディングに取り組むことで、企業イメージの向上に好影響をもたらす可能性があります。近年の就職活動・転職活動の傾向としては、求人サイトや企業ホームページ上の情報だけではなく、SNSなどを通じてよりリアルな社風や働く人々の日常シーンを確認しています。
他にも、消費者として商品やサービスを購入したり契約したりする際も、どんな企業が販売・運営しているか確認するなど、企業イメージが判断基準となっているケースも少なくありません。
リテンションマネジメントを通じて従業員の定着を図ることで、社内はもとより社外に対しても「従業員を大切にする良い会社」というイメージを持たれやすくなり、採用面や集客面に好影響をもたらす可能性が高まるといえるでしょう。
労働生産性の向上
リテンションマネジメントを通じて従業員の定着率が高まれば、1人あたりの労働生産性向上につながるでしょう。社内ルールや業務内容を理解している社員が増えるほど、効率的に業務を進められるうえ、付加価値の高い業務に取り組めるようになります。
逆に、従業員の離職が増えてしまうと、業務の引き継ぎや補填のための採用活動や育成に時間と労力が発生するため、労働生産性が下がってしまうでしょう。
従業員の帰属意識(エンゲージメント)向上
リテンションマネジメントをおこなうことで、企業に対する帰属意識向上をもたらし「この会社で働き続けたい」と感じる従業員が増えるでしょう。逆に、帰属意識が低い職場は定着率が低く、社内でコンプライアンス問題が引き起こされる可能性が高まるなど、あらゆる経営リスクが顕在化するケースがあります。
リテンションマネジメントに取り組むデメリット
メリットばかりに目を向けてしまうと、思わぬ事態を引き起こしたり期待した効果が得られなかったりします。リテンションマネジメントに取り組むデメリットも把握しておきましょう。
労働環境の整備にコストがかかる
リテンションマネジメントを導入する場合は、社内コミュニケーションを円滑にするために、設備投資をおこないながら労働環境の整備を図る必要があります。
たとえば、開放的な社風を目指すためにオフィス内にオープンスペースやカフェスペースを設けたり、リモート環境を拡充するためにデバイスの調達やITツールを導入したりします。
労働環境整備に向けた十分な予算がなく、必要な投資がおこなわれなければ、リテンションマネジメントの成果が出にくくなるでしょう。リテンションマネジメントに取り組む際は、ある程度コストがかかるということを念頭に置くべきでしょう。
社内制度の改善に労力がかかる
リテンションマネジメントの導入を効率的に進めるうえで、社内制度の見直しや新しい制度の企画が必要な場合があります。「どんな社内制度が良いか」「どれくらいの成果が見込めるか」といった検討をおこなうためには、関係部署に掛け合ったり、経営層の承認を得たりする必要があります。
こうした取り組みは期間をかけて慎重におこなうものですし、思うような成果が得られていない場合は検証や改善も必要です。さらに本業の合間に取り組むことになるので、関係者が増えるほど日程調整などに手間や日数がかかります。社内制度を改善するには、想像以上に労力が要ることをあらかじめ覚悟しておく必要があるでしょう。
中長期的に取り組む必要がある
リテンションマネジメントはすぐに成果が出る施策ではなく、中長期的な視点を持って取り組む必要があります。何か1つ施策をおこなうだけで従業員の定着率が向上したり、帰属意識が高まったりするものではありません。あくまでも、リテンションマネジメントをおこなうことで「会社の風土そのものを再構築する」という意識を持つことが大切となるでしょう。
リテンションマネジメントに取り組んでも、状況によっては離職率が前年を上回ってしまうケースがあるかもしれません。しかし、そこで「リテンションマネジメントなんて効果がない」と諦めるのではなく、社員の声に耳を傾けながら検証や改善に継続的に取り組むことが必要です。リテンションマネジメントは経営層を巻き込んだ全社プロジェクトとして、強い覚悟を持って取り組むことが重要といえるでしょう。
リテンションマネジメントを成功に導くポイント
企業がリテンションマネジメントを実際に導入しようとしたときに、「何に注意をすればよいか」「どのようなポイントを意識すべきなのか」といったように不安を感じる方も多いのではないでしょうか。ここでは、リテンションマネジメントを成功に導くための具体的なポイントを5つ紹介します。
自社の状況をアンケート等で把握する
リテンションマネジメントを導入する前に、まずは自社にどんな課題があるかを調査し、現状を把握することがおすすめです。具体的な調査方法としては、「組織サーベイ」「従業員アンケート」などがあります。
たとえば、「業務量は適正か」「上司の教育・指導に満足しているか」「今の給与に仕事量が見合っているか」「やりがいを感じているか」といったことを、項目ごとに満足度を5段階評価してもらいます。従業員が満足していることと、不満を感じていることが明確になります。一言でいえば「会社の通信簿」です。
社内コミュニケーションを活発化できる環境を用意する
風通しの良い雰囲気を作ることで、社内コミュニケーションを活発化し、お互いに協力し合ったり、認め合ったりする文化が醸成されるでしょう。従業員が会社に居心地の良さを感じられれば、帰属意識が向上し、結果として離職率の低下が期待できるでしょう。
たとえば、オフィスレイアウトをフリーアドレス化し、自由に移動できるようにするなど、意図的にコミュニケーションの機会を作ることができます。その他、ランチミーティングやクラブ活動の補助など、会社として社内コミュニケーションの活発化を後押しする環境を用意することも有効な手段です。
従業員同士の横のつながりだけではなく、上司や他部署との関係も良好にする
リテンションマネジメントを向上させるためには、同年代の社員同士だけではなく、上司や普段の業務では直接かかわらない他部署と関係構築も大切です。
特に、若手メンバーにとって上司は近寄りがたい存在であったり、どこまで本音で話してよいかわからなかったりするものです。そのため、意見交換会のような場を定期的に設け、上司や他部署の従業員と気軽に話せる場を設けることが有効です。
人は視野が狭くなると、ネガティブな思考に陥りがちです。上司や他部署の方の違った視点を持つことで、視野が広がり、現在の仕事に対するモチベーションアップも期待できるでしょう。
従業員の働きぶりを正当に評価する
従業員が仕事でやりがいを感じるのは報酬の高さとは限りません。自分が努力して成果を出した仕事を最大限評価してもらうことや、自分の可能性を信じて適切な裁量を与えられることも重要な要素です。
たとえば、新入社員の頃は初めてのことばかりで、刺激が多くやりがいを感じられるものですが、次第に業務に慣れて同じことの繰り返しになれば、飽きが生じてしまい、やりがいを見いだせなくなるものです。むしろ「自分はいつまで同じ仕事をやらされるのだろうか。」「このままだと周囲に置いていかれてしまうのではないか。」といった不安や焦りが生まれ、モチベーションが下がったり、会社に対する帰属意識が失われたりします。
一方、会社や上司が自分の能力を認めてくれると実感すれば、帰属意識が高まると共に、さらなるパフォーマンスの発揮も期待できるでしょう。
給与体系・評価基準の明確化
従業員の仕事に対するやりがいは報酬の高さだけとは限りませんが、だからといって業務量に対して給与が低い場合や、評価基準が曖昧では従業員のやる気も失われてしまうでしょう。
上司は、どういう基準でその給与額に決定したのか。給与を上げるためには何ができるようになればよいか。といったように、「評価基準」をあらかじめ明確に伝えておき、目標設定に活かします。
評価基準が曖昧なままでは、従業員は具体的に何を頑張ればよいかがわからず、日々のモチベーションにも影響しかねません。自分が会社に何を期待されているか、達成の基準、達成した場合の評価を明確することで従業員のやる気が引き起こされるでしょう。
成長機会の提供(複業・副業、階層別研修、他部署・他職種への異動)
リテンションマネジメントを成功させるためには、従業員に成長機会を提供することが大切です。毎回同じ仕事を繰り返すだけではいつしか仕事がマンネリ化し、成長を感じられなくなるもの。とりわけ優秀な人材ほど、成長意欲が高く、成長の機会を求める傾向があります。継続的に成長を実感してもらうためには、積極的に環境変化や新しい刺激を与えることが欠かせません。
たとえば、階層別研修への参加、他部署・他職種への異動などが挙げられます。今までと異なる職務や環境に身を置くことで、仕事の視野が広がったり、今までと違った視点で物事を見られるようになったりします。もし、いずれ元の部署に戻った場合でも、より高いパフォーマンスが発揮する可能性が高まります。
また、近年では副業を容認する企業も増えています。自社での仕事以外に社外で経験を積むことで、従業員のスキル向上やキャリア形成にも好影響をもたらすでしょう。
まとめ
企業はリテンションマネジメントを継続的に取り組むことで、従業員の定着率や業務生産性が向上するなど、事業成長に大きなメリットがあるといえるでしょう。ただし、リテンションマネジメントをおこなう際は、単に従業員を辞めさせないための施策にとどまらないように注意すべきです。
生き方や働き方の多様性が求められるなかで、近年ではワーク・ライフ・バランスに代わり、仕事を人生のなかの一部と捉える「ワーク・イン・ライフ」が注目されはじめています。企業は、従業員の人生や生き方を縛り付けるのではなく、個人がやりたいことの実現や能力を最大限に発揮できるような雇用のあり方を目指すべきでしょう。
ライタープロフィール
高橋洋介 フリーランス/採用コンサルタント
リクルートと広告代理店にて求人広告営業に従事。主に中小企業を中心としたアルバイト・中途社員の採用支援を行う。在職中にGCDFキャリアカウンセラー、国家資格キャリアコンサルタント資格も取得。独立後はフリーランスとして企業の採用実務支援から、Webマーケティング支援など幅広く活動している。