裁量労働制とは?制度内容や導入ポイントについて解説
働き方改革を進める企業が増えてきた昨今、制度のひとつとして、「裁量労働制」を見聞きしたことのある人もいるかもしれません。職種によっては、働きやすさや労務管理の効率化に適した制度であるものの、直近では2024年4月に法改正もなされるなど、最新の情報をおさえた運用が不可欠です。
「裁量労働制はどのような制度なのか」「最新の改正内容がよく分かっていない」「企業に求められる対応を知りたい」というお悩みを抱える担当者も多いのではないでしょうか。
そこで、本記事では以下のポイントについて解説します。
● 裁量労働制の概要と2024年の改正ポイント
● フレックスタイム制など他の働き方との違い
● 裁量労働制のメリット・デメリット
● 裁量労働制の導入にあたってのポイントや課題
最後まで読むことで裁量労働制を導入するための手続きや注意点を把握できますので、参考にしてみてください。
目次
裁量労働制とは
本章では、裁量労働制の概要と知っておきたい最新の改正ポイントをお伝えします。
裁量労働制の概要
裁量労働制は実際に働いた時間ではなく、事前に定めた「みなし労働時間」に基づいて賃金を支払う制度です。
この制度のもとでは、企業と労働者が合意した時間分について働いたとみなされ、それに基づき給与が計算されます。例えば、みなし労働時間を1日8時間と設定した場合、実際には4時間しか働かなかった場合でも、給与は8時間分が支払われます。逆に8時間より多く働いた場合であっても、裁量労働制のもとでは、原則として残業代は発生しません。
ただし、みなし労働時間が8時間を超えている場合には、その超えた時間に対して割増賃金が発生します。例えば、みなし労働時間を10時間に設定している場合、8時間を超えた2時間に対して25%以上の割増賃金の支払いが必要です。
裁量労働制は、いつどのように働いたとしても、基本的にはみなし労働時間で給与が支払われることから、労働者が自分の時間を自由に管理できる点がメリットとされています。
【参考】厚生労働省|専門業務型裁量労働制の解説
厚生労働省|企画業務型裁量労働制の解説
2024年4月の改正ポイント
2024年の裁量労働制の改正は、これまでの運用上で明らかになった問題点を改善し、労働者の健康と福祉を保護する目的でおこなわれました。従来の運用では、長時間労働の常態化や不適切な制度利用が課題となっていたためです。
例えば、2021年の厚生労働省の調査によれば、裁量労働制の適用を受けている労働者は、非適用者よりも1日あたりの労働時間が長いことが分かっています。2024年の改正によって追加された項目は以下のとおりです。
①専門業務型裁量労働制の労使協定
● 制度適用にあたって労働者本人の同意を得る
● 制度適用に同意しなかった場合に不利益な取り扱いをしない
● 制度適用に関する同意撤回の手続き
● 上記の同意及び同意撤回の記録の保存
②企画業務型裁量労働制の労使委員会の決議
● 制度適用に関する同意撤回の手続き
● 対象労働者の賃金や評価制度を変更する場合の労使委員会に対する変更内容の説明
● 上記の同意撤回の記録の保存
法改正によって、専門業務型裁量労働制では本人の同意を得ることや、同意を得られなかった場合であっても労働者に対して不利益な取り扱いをしないよう労使協定に定める旨が求められました。また、同意撤回の手続きや同意とその撤回に関する記録の保存に関することを労使協定に定めることも必要です。
企画業務型裁量労働制では、以下の②~④を労使委員会の運営規定に追加し、さらに①、②については、同委員会の決議に追加しなければなりません。
① 本人の同意を得ることや同意撤回の手続きを定める
② 労使委員会に対して賃金・評価制度を説明
③ 労使委員会は制度の実施状況の把握や運用改善をおこなう
④ 労使委員会の開催を6か月以内ごとに1回とする
2024年4月1日以降に新たに裁量労働制を導入する場合には、導入・適用するまでに協定届と決議届を労働基準監督署に届け出る必要があります。
また、継続導入する場合には2024年3月末までに労働基準監督署への届け出が必要です。
【参考】厚生労働省|裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です
厚生労働省|裁量労働制実態調査の概要(令和3年)
裁量労働制とフレックスタイム制の違い
裁量労働制と似た働き方として混同されやすいのがフレックスタイム制です。フレックスタイム制とは、一定期間内の総労働時間を決めておき、労働者が日々の始業および終業時刻を自由に決められる制度です。
全ての職種に適用可能で、労働者が仕事と生活のバランスを取りながら効率的に働くことを目的としています。特定のコアタイム(必ず出勤しなければならない時間)が設定されている場合もありますが、それ以外の時間帯は自由に出勤・退勤時間を設定できます。
フレックスタイム制における時間外労働の取り扱いは裁量労働制とは異なり、清算期間の実労働時間のうち、清算期間内の法定労働時間の総枠を超えた時間が時間外労働となる点に注意が必要です。
【参考】厚生労働省|フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き
裁量労働制と変形労働時間制との違い
変形労働時間制とは、1か月を超えて1年以内の決められた対象期間のなかで、1週間あたりの平均労働時間が40時間を超えないことを条件として、労働時間の配分を認めた制度です。繁忙期と閑散期のバランスを取ることを目的に制定されました。
例えば、月の後半や特定の季節が忙しい業種で活用され、この期間内に法定労働時間を超えても一定の範囲内で労働時間の調整ができます。変形労働時間制は、職種や業種に関わらず適用可能で、業務の繁閑に応じて労働時間の調整が可能な点がメリットです。残業代については一定期間(1年や1ヶ月、1週間)の法定労働時間の総枠内で労働時間が調整され、その枠を超えた労働に対して手当が支払われる仕組みとなっています。
【参考】厚生労働省|1年単位の変形労働時間制
裁量労働制と事業外みなし労働時間制の違い
裁量労働制と似た制度に、事業場外みなし労働時間制があります。事業場外みなし労働時間制は、主に事業場外で業務をおこない、会社の直接的な指揮監督が及ばず労働時間の算定が困難な場合に適用されます。営業の外回りや出張が多い職種など、自らの判断で業務を進めることが多い労働者に適用されるケースが見られます。
事業場外みなし労働時間制においては、業務遂行にあたって通常の所定労働時間を超える労働を要する場合、厚生労働省令に基づきその業務をおこなうのに通常必要とされる時間で労働したものとみなされ、8時間を超える部分に関しては割増賃金の支払いが必要となります。
【参考】厚生労働省|【8 事業外労働のみなし労働時間制】
裁量労働制の対象となる業種・職種
裁量労働制の対象となる業種・職種は、法律で次のように定められています。正しく把握することで、適切な制度運用につなげましょう。
専門業務型裁量労働制
裁量労働制の対象になる業種や職種は限定されています。
対象業務・職種例
専門業務型裁量労働制の対象となるのは以下の20業種です。
① 新商品または新技術の研究開発
② 情報処理システムの分析または設計
③ 新聞または出版事業における記事の取材または編集
④ 放送番組の制作のための取材または編集
⑤ 映画などのメディア制作に関わるプロデューサーやディレクター
⑥ 広告や宣伝に関するコピーライティング
⑦ システムコンサルティング
⑧ インテリアデザインの考案、表現、または助言
⑨ ゲームソフトウェアの創作
⑩ 証券市場の分析、評価、投資助言
⑪ 金融商品の開発
⑫ 大学で主に研究をおこなう教職員
⑬ M&Aに関する調査、分析、助言
⑭ 公認会計士
⑮ 弁護士
⑯ 建築士(一級、二級、木造建築士)
⑰ 不動産鑑定士
⑱ 弁理士
⑲ 税理士
⑳ 中小企業診断士
2024年の改正によって銀行又は証券会社におけるM&Aに関する調査、分析、助言の業務が追加されました。
【参考】厚生労働省|専門業務型裁量労働制について
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制について厳密な業種や職種の指定はありませんが、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、その遂行の方法が各労働者の裁量に大幅に委ねられている必要があるものという旨が法律で言及されています。
対象業務・職種例
企画業務型裁量労働制の対象となる業務例を以下に記載します。
① 経営企画
経営状態や経営環境の調査・分析をおこない、経営計画を策定する業務。
② 人事・労務
現行の人事制度の問題点やその在り方について調査・分析し、新たな人事制度を策定する業務。
③ 財務・経理
財務状態について調査・分析をおこない、財務計画を策定する業務。
④ 広報
効果的な広報手法について調査・分析し、広報活動を企画・立案する業務。
⑤ 営業企画
営業成績や営業活動の問題点について調査・分析し、全社的な営業方針や商品別の営業計画を策定する業務。
⑥ 生産企画
生産効率や原材料市場の動向について調査・分析し、原材料調達計画を含む全社的な生産計画を策定する業務。
企画業務型裁量労働制は、労働基準法に基づき特定の手続きを経た場合に適用されます。具体的には労使委員会の設置や決議などが必要です。
【参考】厚生労働省|裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です
裁量労働制のメリット・デメリット
裁量労働制にはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。企業側と労働者側のそれぞれの視点からみていきましょう。
メリット
企業側
企業側には、以下のようなメリットがあります。
● 人件費の予測と管理が容易
● 生産性の向上
裁量労働制のもとでは、原則として残業代が発生しないため、みなし労働時間に基づいて人件費を算出できるため、人件費の予測と管理がしやすくなります。ただし、休日や深夜の労働には別途手当が必要です。
また、裁量労働制を適切に活用することで、労働環境が改善され、結果として労働者の満足度を高められる効果も期待できます。
労働者のエンゲージメントが高まることで、会社全体の生産性の向上につながるといった点もメリットです。
従業員側
一方、従業員にとっては以下のようなメリットがあります。
● 自由な働き方の実現
● 労働時間の短縮
裁量労働制では、労働者が自らの時間配分を調整し、仕事の進行をコントロールできます。固定的な就業時間に拘束されずプライベートな時間が確保しやすくなることは、ワークライフバランスの実現において重要なポイントです。
一般的に裁量労働制では成果重視で評価されることが多いため、自分の努力次第では必要以上に職場に留まることなく、作業時間の短縮も可能となります。
デメリット
裁量労働制のデメリットを紹介します。
企業側
企業側のデメリットは以下です。
● 導入に伴う工数やコストがかかる
● 人事評価制度を見直す必要がある
裁量労働制の導入にあたり、必然的に労使協定の締結や労使委員会の設置、決議の労働基準監督署への届出などに時間や労力を割かれます。これらの初期コストは制度を効果的に運用するための大切な手続きですが、デメリットと捉えることもできるでしょう。
また、裁量労働制のもとでは、従来の評価制度とは合わない可能性があります。そのため、新しい人事評価制度を構築し、組織内での理解と受け入れを促進するための工夫が求められます。
従業員側
従業員側には以下のようなデメリットがあります。
● 長時間労働の可能性がある
● 高い自己管理能力が求められる
裁量労働制は労働時間の自由度が高い一方で、仕事の終了時間が不明瞭になりやすく長時間労働につながりやすいといった懸念点があげられます。
特にプロジェクトに締め切りがあり、成果物の品質が求められる職種では、長時間労働が常態化する恐れがあります。また、裁量労働制の下で効率よく仕事をこなすためには、高い自己管理能力が必要です。自己管理が不十分な場合には仕事の生産性が低下し、長時間労働や時間に見合わない報酬しか得られない可能性があります。
裁量労働制の導入ポイント
裁量労働制を導入する場合、労働基準法で定められた手続きが必要です。ポイントをおさえ、自社にあったかたちでの制度導入を進めましょう。
専門業務型裁量労働制の導入ポイント
導入する際に必要な手続き
専門業務型裁量労働制の導入に必要な手続きを解説します。
① 労使協定の締結
制度導入には、事業場ごとに労使協定の締結が必要です。労働者代表と内容を詳細に協議し、対象業務やみなし労働時間、健康管理措置などを明文化します。
② 協定届の作成
労使協定をもとに「専門業務型裁量労働制に関する協定届」を作成し、該当する業務を記載します。
③ 就業規則の変更
労使協定の内容に基づき就業規則を変更します。就業規則では、裁量労働制の適用を受ける労働者の始業・終業時刻、休憩時間の例外、休日や深夜労働をおこなう場合の申請方法などを規定します。
④ 労働基準監督署長への届け出
更新された就業規則と協定届を所轄の労働基準監督署へ提出し、届け出ます。
⑤ 雇用契約書の更新
専門業務型裁量労働制を適用する従業員との間で、雇用契約書を更新します。この際、始業・終業時刻を含む労働時間については労働者の決定に委ねる旨を明記し、労使協定に基づき裁量労働制の条件を記載します。
おさえておくべきポイント
専門業務型裁量労働制の導入にあたり、おさえておくべきポイントは以下のとおりです。
① 労使協定で定める内容を明確にする
労使協定では以下の点を明確に定める必要があります。
● 対象となる業務の具体的範囲
● 従事する労働者に対して具体的指示をしないこと
● みなし労働時間
● 労働者の健康・福祉を確保するための措置
● 労働者からの苦情処理措置
● 協定の有効期間と記録の保存期間
協定内容の決定には、全員が納得する形での十分な議論と合意の形成が求められます。
② 健康・福祉確保措置および苦情処理措置
企業は労働者の勤務状況を適切に把握し、必要な健康管理や福祉措置を実施する必要があります。また、苦情処理については透明性のあるシステムを設け、労働者が安心して申し出ができる環境を整えることが大切です。
【参考】厚生労働省|専門業務型裁量労働制について
厚生労働省|裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です
企画業務型裁量労働制の導入ポイント
導入する際に必要な手続き
企画業務型裁量労働制の導入に必要な手続きは、以下の通りです。
① 労使委員会の設置
企画業務型裁量労働制を導入するためには、まず事業場内に労使双方の代表者で構成される労使委員会を設置します。この委員会では、労使の代表が賃金や労働時間などの労働条件を審議します。
② 労使委員会での決議
労使委員会で、企画業務型裁量労働制の詳細内容を決議します。この決議には、出席している委員の5分の4以上の同意が必要です。議題としては、対象となる業務の範囲、対象労働者、みなし労働時間、健康・福祉確保措置、苦情処理の具体的内容などです。
③ 就業規則の変更
労使委員会での決議に基づき就業規則を変更します。就業規則には、制度の適用条件、労働時間、休憩時間、休日労働の規定などを明記します。また、新たに策定された制度について従業員に周知が必要です。
④ 労働基準監督署への届出
決議された内容に基づいて企画業務型裁量労働制に関する決議届を作成し、労働基準監督署へ届出します。この届出がなされなければ、制度は正式には導入されません。
⑤ 対象労働者の同意を得る
最終的に、企画業務型裁量労働制を適用する労働者から個別に同意を得る必要があります。同意を得る際は、制度の内容を十分に説明することが大切です。
おさえておくべきポイント
企画業務型裁量労働制の導入にあたっては、以下のポイントをおさえておきましょう。
① 改正内容の確認
法改正は適宜おこなわれるため、法に則った運用ができるように改正内容の確認をすることが重要です。
例えば、前述の2024年4月1日の改正によって、同日以降に導入または継続して裁量労働制を適用するすべての事業場において、労使委員会の決議に「同意の撤回の手続き」を含め、決議内容を労働基準監督署へ届け出る手続きが必要となりました。
② 労働基準法の遵守
企画業務型裁量労働制のもとでは、実際の労働時間ではなく決議で定めたみなし労働時間について労働したものとみなされますが、休日や深夜時間については労働基準法に則った割増賃金の支払いが必要です。また、みなし労働時間が法定労働時間を超える場合には割増賃金の支払いが必要となる点にも留意しておきましょう。
③ 労働時間の把握と健康管理
長時間労働が常態化しないように労働者の労働時間を把握し、健康・福祉確保措置を適切に実施することが大切です。また、苦情処理の窓口を設置し、労働者が安心して労働環境の問題を報告できる体制の整備も求められます。
【参考】厚生労働省|企画業務型裁量労働制について
厚生労働省|裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です
裁量労働制の課題点
企業が抱えがちな裁量労働制の課題点を紹介します。
長時間労働や休日出勤が多くなりやすい
裁量労働制のもとでは、従業員は与えられた仕事を自由に進められますが、かえって長時間労働や休日出勤につながる可能性があります。
労働時間が「みなし」とされているため、実際の労働時間が長引いても、それに応じた追加の報酬が支払われないケースが生じやすいのが現状です。
裁量労働制のもとであっても法定労働時間や36協定(時間外労働に関する協定)が適用され、みなし労働時間が法定労働時間を超えた場合には、割増賃金の支払いは必要です。企業は従業員の勤務時間を適切に管理し、長時間労働による過労の防止を図ることが求められます。
人事評価が難しい
裁量労働制では、従業員がいかに効率よく仕事をこなせるかが評価の対象となりますが、その成果を測ることは容易ではありません。成果主義に基づく評価は明確な基準が設けられていない場合、不公平感を生じさせるリスクがあり、従業員のモチベーション低下を招く要因にもなりえます。
従業員の裁量で任せられる仕事が少ない
裁量労働制は名目上、従業員に業務の遂行方法や時間配分の裁量を委ねていても、実際には従業員の裁量で任せられる仕事が少ない場合があります。このような状況は、制度の本来の目的と異なり、従業員が自らのスキルや創造性を発揮するチャンスを失わせることにつながる恐れがあります。
まとめ
働き方改革の推進もあり、注目を集めている裁量労働制。しかしながら、実際に導入している企業はそう多くなく、今年の4月にも法改正がなされるなど、運用には一定の課題も残ります。労働者のワークライフバランスにつなげるなど企業・労働者双方がメリットを享受できるよう、適切な運用がポイントです。
〈執筆監修者プロフィール〉
社会保険労務士 西本 結喜(監修兼ライター)
結喜社会保険労務士事務所代表。金融、製造、小売業界を経験し、業界ごとの慣習や社風の違いを目の当たりにしてきたことから、クライアントごとのニーズにあわせ、きめ細やかな対応を心がけている。