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育児時短就業給付とは?新設された背景・メリットや懸念点を解説

育児時短就業給付とは?新設された背景・メリットや懸念点を解説

育児時短就業給付は、2025年4月1日から始まる新たな制度です。短時間勤務を選択した労働者の収入減少を補填することにより、育児と仕事の両立を支援するために設けられました。少子高齢化により労働力不足が進む昨今、企業は育児中の従業員を支援し、育児期でも安心して就業を続けられる環境を整えることが求められています。育児時短就業給付は、子育て世代の労働者や企業の双方にメリットのある制度です。
本記事では、育児時短就業給付の制度の背景や利点、課題について詳しく解説するとともに、同時期に始まる出生後休業支援給付についてもあわせて説明します。ぜひ参考にしてみてください。

育児時短就業給付とは

育児時短就業給付とは?新設された背景・メリットや懸念点を解説_1

育児時短就業給付について、制度の概要等詳しく見ていきましょう。

育児時短就業給付

育児時短就業給付は、2歳未満の子どもを育てながら時短勤務をする労働者を対象に、時短勤務中の所得減少を補填するための雇用保険の新しい給付制度です。この制度では、短時間勤務を選択した労働者に対し、時短勤務中に支払われた各月の賃金額の最大10%が支給されます。
従来の時短勤務では、フルタイム勤務に比べて手取り額が少なくなることが課題でしたが、この制度が新設されることで育児中の従業員の経済的負担が軽減されます。
これにより、育児と仕事を両立できる環境がさらに整備されることから、企業にとっても、育児支援を通じて優秀な人材の定着を図る重要な取り組みとして注目されています。

要件
育児時短就業給付の主な要件は以下の通りです。
●2歳未満の子を養育するため短時間勤務制度を利用している従業員であること(男女は問わず)
●時短勤務の開始日より前の2年間に、雇用保険のみなし被保険者期間が12か月以上あること

ここで言う「みなし被保険者期間」とは、育児休業を開始した日を被保険者でなくなった日(資格喪失日)とみなして計算される被保険者期間のことです。

支給額・計算方法
支給額は、時短勤務中の各月に支払われた賃金額の10%となります。
ただし、時短勤務後の賃金と給付額の合計が時短勤務前の賃金を超えないように調整される予定です。
例えば、時短勤務前の基本給(月給制)が270,000円、時短中の基本給が210,000円で1日6時間の時短勤務(8時間勤務から2時間短縮)をしている人の場合、210,000円×10%=21,000円が雇用保険から支給されます。

このケースでは、
(時短中の基本給)210,000+(育児時短就業給付)21,000=231,000円となることから、時短勤務前の基本給270,000円を超えないため、調整はされないこととなっています。

開始時期
2025年4月1日以降に開始される時短勤務が対象となります。つまり、この日以降に新たに時短勤務を始める従業員、または既に時短勤務中でこの日以降も継続して時短勤務をおこなう従業員が給付の対象です。

【参考】厚生労働省|令和6年雇用保険制度改正(令和7年4月1日施行分)について

今までの時短制度について

従来の時短制度にはさまざまな課題がありました。

時短制度利用時の給与について
育児のための短時間勤務制度を利用した場合、通常の所定労働時間に比べて勤務時間が短縮されるため、給与もその分減額されるのが一般的です。
例えば、フルタイムの所定労働時間が1日8時間、短時間勤務が1日6時間の場合、月給や時給ベースで約75%程度の給与が支給されます。

<月給制の場合の計算例>
短時間勤務時の給与 = 基本給 × (短時間勤務時間 ÷ 所定労働時間)
基本給が300,000円、短時間勤務が6時間の場合
300,000円 × (6時間 ÷ 8時間) = 225,000円

フルタイム勤務に比べて手取り額が減少することも、育休を取得する際の課題のひとつとされていました。

時短制度の利用状況
令和4年度におこなわれた調査によると、短時間勤務制度を現在利用している、または過去に利用していた女性正社員の割合は51.2%であるのに対し、男性正社員ではわずか7.6%と非常に低いことが示されています。これに加えて、「利用したいと思っていたが、利用できなかった」という回答が存在しており、職場環境や社内の文化が利用を妨げる一因である可能性を示唆する結果となっています。
また、短時間勤務制度を利用することによって労働時間が短縮される一方で、キャリアや収入面での懸念を持つ声が依然として多く、これが時短制度の実効性に影響していた点は否めません。

【参考】厚生労働省|仕事と育児の両立等に関する実態把握のための調査について

育児時短就業給付金のできた背景

育児時短就業給付金が新設された背景として以下2つを取りあげます。
●少子化による労働者不足
●子ども未来戦略方針

少子化による労働者不足
少子高齢化が進む日本では、生産年齢人口(15~64歳)が減少傾向にあり、労働力不足が深刻な問題となっています。企業においても、特に出産・育児による労働者の離職やキャリア中断は大きな課題となっており、労働力確保の観点からも子育て世代への支援が急務です。このような現状を改善するため、子育て世代が就業を継続しやすい環境の整備することを目的として、育児時短就業給付の導入が検討されました。
育児中の労働者が安心して働き続けることができ、社会全体の労働力不足解消にも寄与することが期待されています。

こども未来戦略方針
育児時短就業給付は、政府が2023年6月に発表した「こども未来戦略方針」に基づいて導入されました。この方針には、育児と仕事を両立する環境づくりの一環として、働く親への経済的支援や柔軟な働き方を促進する制度が含まれています。育児時短就業給付は、その中でも労働者の収入減少を補填し、経済的負担を軽減する具体的な施策として位置付けられています。

育児時短就業給付のメリット

育児時短就業給付とは?新設された背景・メリットや懸念点を解説_2

育児時短就業給付のメリットを解説します。

収入減がカバーされ時短勤務が促進される

育児時短就業給付により、短時間勤務を選択した際に発生する収入減が一定程度カバーされます。これにより、経済的理由で時短勤務をためらっていた労働者も制度を利用しやすくなり、育児中の労働者の負担軽減につながります。
想定されるケースとしては、育児を理由にフルタイム勤務を継続することが難しい労働者が、給付金を活用することで短時間勤務を選択できるようになります。給付金の受給によって、家庭内での育児負担が軽減されるとともに、安心して就業を続けられる環境が整備されるのです。

育児とキャリアのバランスの改善

時短勤務制度を利用しやすくすることで、育児とキャリア形成の両立がより現実的になります。これまで労働者が育児のためにキャリアを中断せざるを得ない場合もありましたが、育児時短就業給付により、育児期間中も働き続けやすくなる環境が生まれます。
特に女性労働者にとっては、育児期にキャリアを中断せずに継続できることが、長期的なキャリア形成や収入の安定につながります。また、男性の育児参加が促進されることで、家族全体で育児を担う「共働き・共育て社会」の実現にも寄与します。

従業員のモチベーション向上による企業生産性の向上

育児時短就業給付の利用により従業員の働き方の選択肢が広がることで、労働者のモチベーション向上につながります。親世代が育児と仕事を両立できる環境が整備されることによって、従業員の満足度やエンゲージメントが高まり、企業の生産性も高まることが期待できるでしょう。

育児時短就業給付の懸念点

育児時短就業給付とは?新設された背景・メリットや懸念点を解説_3

本章では、育児時短就業給付の懸念点として、以下の3つを解説します。

フルタイム勤務者と不平等が生じる可能性

育児時短就業給付により、短時間勤務者の収入が補填される一方で、フルタイム勤務者が不公平感を感じる可能性があります。例えば、職場で時短勤務者への配慮をおこなう際に、フルタイム勤務者への過度な負担感を引き起こすといった具合です。このような状況を避けるために、透明性の高い運用基準を設け、すべての従業員に公平感を持たせる工夫が求められます。企業側は、従業員への周知の機会を設けるなど、理解を促す工夫をすることも一案です。

マミートラックによるキャリア形成阻害となる可能性

マミートラックとは、女性における育児や家庭の事情が、将来の仕事の昇進やポジションに影響する現象です。例えば、妊娠・出産から復職した際、サポート的な業務や重要度の低い役割に回され、やりがいやキャリアの形成に影響が出ること等を指します。
時短勤務制度を長期的に利用することで、この「マミートラック」に陥る可能性があります。この問題の解決策として、時短勤務でも成果が適切に評価される仕組みや育児期が終了した後のキャリア支援策の導入等があげられます。

事務担当者の負担増加

新しい制度の導入には、企業の人事部門における事務手続きの負担増加が伴います。具体的には、給付金申請のサポートや制度運用のための労働時間管理、従業員との相談対応などが追加業務として発生する可能性があります。
負担を軽減するために、デジタルツールを活用した効率的な管理体制や外部支援機関の利用を検討することも有効です。

出生後休業支援給付とは

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出生後休業支援給付は、2025年4月から開始される新しい雇用保険の給付制度です。この制度は、子どもの出生直後の期間における両親の育児休業取得を促進し、経済的に支援することを目的としています。
要件や開始時期、支給額等を見ていきましょう。

要件

出生後休業支援給付の要件は以下の通りです。

1.雇用保険の被保険者であること
2.休業を開始した日前2年間に、みなし被保険者期間が通算して12か月以上あること
3.被保険者が対象期間内に通算して14日以上の休業をしたこと

原則として、被保険者の配偶者も、子の出生の日から起算して8週間を経過する日の翌日までの期間内に、通算して14日以上の出生後休業を取得することが条件です。ただし、配偶者が雇用保険の被保険者ではない(専業主婦(夫))場合や、ひとり親家庭の場合等には、配偶者の育児休業の取得を求めずに支給されます。

出生後休業支援給付の「対象期間」は、以下の母親と父親それぞれのケースで異なります。

<母親の場合>
産後休業は、法律により出産の翌日から8週間(56日間)が取得可能です。この場合、出生後休業支援給付の対象期間は、産後休業終了後の育児休業期間に該当します。具体的には、産後休業の終了後、引き続き育児休業を取得した際に対象となります。

(例)
●    出産日:2025年4月1日
●    産後休業期間:4月2日~5月27日(56日間)
●    出生後休業支援給付の対象期間:5月28日以降の育児休業期間

<父親の場合>
父親の育児休業は、子どもの出生後8週間以内が出生後休業支援給付の対象となります。母親が産後休業を取得している場合でも、父親の対象期間には影響はありません。父親は、出生後の8週間のうち任意の期間に育児休業を取得することができます。

(例)
●出産日:2025年4月1日
●父親の対象期間:4月2日~5月27日(8週間内で任意の期間)

支給額・計算方法

出生後休業支援給付の支給額は、次の計算式に基づき算定されます。

<計算式>
休業開始時賃金日額 × 対象期間内に休業をした日数(最大28日) × 支給率13%

この給付金は、通常の育児休業給付(休業開始時賃金の67%)に上乗せして支給されます。結果として、育児休業中の手取り額が休業前とほぼ同等(約100%)になるよう設計されています。

具体的には
●通常の育児休業給付:休業開始時賃金の67%
●出生後休業支援給付:休業開始時賃金の13%
●合計:休業開始時賃金の80%(≒手取り額100%)

開始時期

2025年4月1日以降に開始される育児休業が対象となります。男性の場合は子の出生後8週間以内、女性の場合は産後休業後8週間以内の期間に取得する休業が対象です。ただし、2025年4月1日より前に子が生まれ、4月1日以降も継続して育児休業中の場合の扱いについては、詳細な経過措置がまだ公表されていないため、正確な情報は今後の発表を待つ必要があります。

【参考】:厚生労働省|令和6年雇用保険制度改正(令和7年4月1日施行分)について

出生後休業支援給付のできた背景

出生後休業支援給付は、男性の育児参加促進や育児休業中の経済的負担軽減を目的とし、家庭と社会の育児環境改善を目指して導入されました。

男性の育児参加促進
出生後休業支援給付は、家庭と社会の両面から、父親の育児参加を促すものです。日本では男性の育児休業取得率が依然として低く、特に経済的な負担や職場文化が男性の育児参加を妨げている要因と言われています。出生後休業支援給付により、育児休業中の収入を手取り額に近い水準まで補償することで、男性が育児に専念しやすい環境を整えることを目的としています。

育児休業の促進 
以前よりは向上しているものの、男性の育児休業取得率は依然として低い水準にとどまっています(令和5年度雇用均等基本調査より30.1%)。政府は「男性育休取得率50%」という目標を掲げており、出生後休業支援給付はその達成に向けた施策の一環です。
育児休業中の収入減は、制度取得をためらう大きな要因の一つとなっています。出生後休業支援給付は、休業期間中の手取り額をほぼ100%に補償することで、経済的負担を大幅に軽減するものです。これにより、特に経済的理由で育児休業を取得できなかった家庭が、休業を選択しやすくなることが期待されています。

【参考】
令和5年12月22日閣議決定|「こども未来戦略」
厚生労働省|令和5年度雇用均等基本調査 事業所調査概要

育児休業給付との違い

従来の育児休業給付は、休業開始から半年間(180日)は賃金の67%、その後は50%が補償されるものでした。一方、出生後休業支援給付は、これに上乗せする形で支給され、休業期間中の手取り額を100%近くまで補償する仕組みです。

育児時短就業給付・出生後休業支援給付の開始に向け企業が行うべき対応

育児時短就業給付とは?新設された背景・メリットや懸念点を解説_5

育児時短就業給付や出生後休業支援給付の開始に伴い、企業は規定の見直しや従業員への周知、手続きの整備を通じて新制度に対応する必要があります。具体的に解説していきます。

社内の育児休暇関連規定の見直し

新制度の導入に伴い、企業は就業規則や育児休業規程の見直しが求められます。具体的には、育児時短就業給付や出生後休業支援給付に対応するため、以下のポイントに着目した規定変更が必要です。

●対象者の明確化
新制度の対象となる従業員の条件(例:被保険者期間や休業期間)を規定に反映させます。
●給付金の取り扱い
従業員が給付金を申請しやすくするため、制度の概要や利用方法を明文化しましょう。
●休業取得のガイドライン整備
社内の育休や時短取得率の向上を目的とする場合、管理職向けのマニュアルの整備も検討するとよいでしょう。

上記事項を整備しておくことで、新制度のスムーズな運用を目指します。

従業員へ周知し利用の促進

新制度の運用には、従業員への周知と利用促進が欠かせません。例えば、以下のような取り組みが考えられます。

●社内研修の実施
管理職や従業員向けに、新制度の概要や利用方法について説明する研修を実施する。
●情報提供ツールの活用
社内イントラネット、メール、掲示板などを活用して制度の利用方法を具体的に伝える。
●ロールモデルの紹介
育児休業や時短勤務を利用した従業員の体験談を共有し、制度の利用を促進する。

周知を徹底することで、制度取得への心理的ハードルを下げる効果が期待できます。

社内手続きフローの整備等

新制度に対応するためには、給付金申請や時短勤務申請などの手続きフローを整備することが重要です。従業員が煩雑さを感じずに制度を利用できる環境の構築を目指します。

<社内手続きフローの整備例>
●申請プロセスの明確化
給付金申請に必要な書類や手続きの流れを簡潔にまとめたガイドを作成します。
●デジタルツールの導入
申請手続きを効率化するため、HR(Human Resources:人事)システムやワークフロー管理ツールの活用を検討することも良いでしょう。
●問い合わせ窓口の設置
新制度に関する疑問や申請サポートを行うための専用窓口を設置し、従業員の不安を軽減します。

特に中小企業では、手続き業務の増加が人事部門の負担になる可能性があるため、効率的なフロー構築が重要です。

まとめ

育児時短就業給付は、育児と仕事を両立するための新たな支援策として新設されました。労働者にとっては短時間勤務中の収入減少を補填し、育児期でも働き続けやすい環境を提供する一方で、企業にとっても人材不足を補う一手です。出生後休業支援給付とともに、これらの制度をうまく活用することで、従業員の満足度や生産性向上、社会全体での子育て支援の促進が期待されています。


<執筆監修者プロフィール>
川西 菜都美(監修兼ライター)

結喜社会保険労務士事務所代表。金融、製造、小売業界を経験し、業界ごとの慣習や社風の違いを目の当たりにしてきたことから、クライアントごとのニーズにあわせ、きめ細やかな対応を心がけている。