ダイバーシティとは?意味や推進するメリット・課題について解説
近年、ダイバーシティという言葉を目にする機会が増えてきました。ダイバーシティとは多様性を意味する言葉ですが、ビジネスにおいては多様性だけを示すものではありません。
本記事では、ダイバーシティの考え方や注目された背景とともに、ダイバーシティ経営の効果や課題、推進手順について解説します。
目次
ダイバーシティとは
ダイバーシティ(Diversity)とは、日本語で「多様性」の意味を指す言葉です。人種や性別、宗教、価値観などのさまざまな属性を持った人たちが組織の中で共存し、活かしあっている状態を意味します。
ダイバーシティの概念が注目されたきっかけ
ダイバーシティの考え方が注目されたきっかけは、1950年代後半~60年代前半にかけて、米国でアフリカ系アメリカ人による公民権運動が活発化したことです。1964年に公民権法が発令されて以降、EEOC(雇用機会均等委員会)が設立され、アファーマティブ・アクション(積極的差別の是正措置)が展開されました。
歴史的には、人種や性別など特定の属性に対する差別に限定して議論が進んできましたが、現在では、職務経験やライフスタイルなどあらゆる属性の共存を目指す概念として定着しています。
近年、日本でダイバーシティがビジネスにおいて重要視される背景
近年の日本のビジネスでは、ダイバーシティの考え方が重視されるようになっています。その背景として挙げられるのは、以下の3つです。
● 労働人口の減少による人材獲得競争の激化
● グローバル化による企業競争の激化(消費者ニーズの多様化)
● 価値観の多様化
労働人口の減少による人材獲得競争の激化
日本では、少子高齢化による労働人口の減少が叫ばれており、人材獲得競争は激化しています。自社の求める人材を獲得するためにも、多様な人材を生かす制度や風土が求められています。
グローバル化による企業競争の激化(消費者ニーズの多様化)
ITの進歩と発展により、マーケットがグローバル化してきました。それにより顧客のニーズも多様化しています。グローバルな市場での競争力をつけるためには、企業は同質的・均一的な組織から脱却する必要があります。
価値観の多様化
近年では、働き方改革の影響により働き方に対する考え方が多様化してきました。場所や時間にしばられない働き方を求める人が増え、多様性に寛容でない企業は外部からネガティブな評価を受けてしまう恐れがあります。
ダイバーシティ2.0とは?
「ダイバーシティ2.0」とは、企業におけるダイバーシティ経営を促進させることを目指す取り組みです。経済産業省は、社会構造の変化に起因する諸問題への対策として、ダイバーシティの重要性を説いています。2017年3月には「ダイバーシティ 2.0 行動ガイドライン」(2018年6月に改訂)を策定し、企業経営におけるダイバーシティ促進を目指しています。
しかし、実際は形骸的に女性の雇用や登用を増やしたダイバーシティが推進され、人材の能力を引き出すには至りませんでした。その状況を受け、経済産業省は、同ガイドライン策定に至る検討会で、形骸的ダイバーシティの導入を「ダイバーシティ 1.0」と定義しました。
そして、多様な属性の違いがそれぞれの能力を最大限引き出している状況を目指す経営である「ダイバーシティ 2.0」の推進を掲げました。
参考:経済産業省「「ダイバーシティ2.0」の検討会提言を取りまとめました」
ダイバーシティの種類とは
ダイバーシティには、大きく分けて表層的ダイバーシティと深層的ダイバーシティの2種類が存在します。表層的ダイバーシティは外見から判断しやすい多様性を指し、深層的ダイバーシティは外見では判断しにくい多様性を指します。それぞれの特徴は以下のとおりです。
表層的ダイバーシティの主な属性 |
深層的ダイバーシティの主な属性 |
・性別 ・年齢 ・国籍 ・人種 ・民族 ・容姿 ・障がいの有無 |
・ライフスタイル ・働き方 ・学歴 ・収入 ・スキル ・経験 ・宗教 ・性的指向 ・性自認 ・価値観 ・趣味 |
これらの属性はあくまでも1例であり、実際には数限りない属性が存在します。
ビジネス面で求められているダイバーシティは、深層的ダイバーシティです。表層的なダイバーシティにとらわれるのではなく、外から見えにくい深層的・内面的な多様性にも認識を拡大していく姿勢が大切です。
ダイバーシティとインクルージョンの違い
近年では、ダイバーシティとともに「インクルージョン」という言葉が使用されるようになってきました。ここでは、インクルージョンの意味やダイバーシティとの関係性と、その他類似語との違いについて解説します。
インクルージョンとは
インクルージョンとは、直訳すると「包括」「包含」「包摂」などを意味する言葉です。発想や考え方などの個々の内面的な特性を受け入れ、十分に生かされている状態を指します。
1970~80年代のヨーロッパでは、産業構造の変化や移民の増加などを背景に生じた失業や貧困が原因となり、ソーシャル・エクスクルージョン(社会的排除)が社会問題となっていました。その対策としてソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の理念が注目され、教育やビジネスの領域へと展開し、国際的に普及してきました。
多様な属性の個人を認め、参画できる状況を意味するダイバーシティは、インクルージョンの実現に向けた前提の考え方です。しかし、日本においては、元々ダイバーシティの意味にインクルージョンも含まれて解釈されていました。そのため、現在では、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)という形で表現している企業もでてきています。
インクルージョンとその他類似語との違い
インクルージョンと似た用語に、以下のものがあります。
インクルージョンと似た用語 |
概要 |
インテグレーション(統合) |
多数派の集団の中に少数派の枠組みを組み込んでいる状態 |
セグリゲーション(分離) |
多数派とは異なる属性を集団から分離して、区別している状態 |
エクスクルージョン(排除) |
多数派とは異なる属性を集団から排除している状態 |
例えば、日本の学校教育の現場では、障がい者が就学を免除されていたエクスクルージョン的教育から、特別学級を設けたセグリゲーション的教育が続いていました。しかし、現在では、区別したうえで交流および共同学習を実施したインテグレーション的教育へと進展してきました。
このように、属性を分けて違いを認識していても、取扱いによって意味や状況が異なってきます。インクルージョンを実現するためには、他の用語との違いを理解する必要があります。
「ダイバーシティ経営(マネジメント)」の効果と課題
ダイバーシティ経営(マネジメント)とは、ダイバーシティを生かした企業のマネジメントアプローチのことです。経済産業省では、ダイバーシティ経営を「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義しています。
個人の多様性をマネジメントし、活かすことにより、事業の成長と企業の発展につなげることを狙いとしています。
参考:経済産業省「ダイバーシティ経営の推進」
ダイバーシティ経営の施策例
ダイバーシティ経営の施策例として、以下のものが挙げられます。
施策例 |
具体的な取り組み |
柔軟なワークスタイルの提供 |
・育児・介護休業の推進 |
多様な人材の活用 |
・障がい者や外国人の積極採用 |
「ダイバーシティ・インクルージョン」の理解促進 |
・社内ルールの制定 |
柔軟なワークスタイルの提供や多様な人材の活用により、さまざまな属性の人材を受け入れます。「ダイバーシティ&インクルージョン」の理解促進に取り組むことにより、社内での理解を深め、多様な人材を受け入れる風土を構築できます。
ダイバーシティ経営による効果
ダイバーシティ経営による効果として、以下のものが挙げられます。
● 多様な人材の獲得
● 多様な消費者ニーズの把握・対応
● イノベーションの創出
● 企業評価の向上
ダイバーシティ経営により、多様な人材が獲得できれば、さまざまな消費者ニーズを把握できます。多様な視点やスキルを持った人材が集まることにより、均一的な組織からは生まれにくいアイデアが生まれ、イノベーションの創出にもつながるでしょう。
また、多様な人材を受け入れることは、働き方改革とESG経営(Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス))の推進にも直結します。
ダイバーシティを推進するうえでの課題
ダイバーシティの推進は、良い効果だけでなくリスクも抱えています。多様な考え方の人材が集まることにより、以下のような課題が発生する可能性があります。
● 多様な意見による合意形成の難航
● 多様な価値観の違いによる対立や生産性の低下
● 無意識の差別や偏見によるハラスメント
多様な価値観を持った人材が集まれば、意見が合わないこともあるでしょう。それにより衝突や対立が生まれれば、生産性の低下につながります。内閣府の調査でも、多様な人材の活躍に向けた取り組みがない場合、多様性の増加は生産性を低下させることが明らかになりました。
また、ダイバーシティに対する正しい理解や意識改革ができていない場合、無意識に差別や偏見によるハラスメントをしてしまう可能性もあります。ダイバーシティへの取り組みを効果のあるものにするためには、すべての従業員の理解と行動変容につながる取り組みが欠かせません。取り組みについては次の章で解説します。
人の意識を変えることは簡単ではないでしょう。そのため、ダイバーシティ経営への取り組みは全社で中長期的に取り組むことが大切です。
参考:内閣府「令和元年度 年次経済財政報告 第3節 労働市場の多様化が経済に与える影響 1 多様な人材の活躍は生産性等を向上させるか」
ダイバーシティ経営の推進手順
経済産業省が公開している「ダイバーシティ 2.0 行動ガイドライン」では、ダイバーシティ経営を推進していくための手順を以下のように定めています。
1. 経営戦略への組み込み
2. 推進体制の構築
3. ガバナンスの改革
4. 全社的な環境・ルールの整備
5. 管理職の行動・意識改革
6. 従業員の行動・意識改革
7. 労働市場・資本市場への情報開示と対話
ここでは、それぞれの手順について解説します。
参考:経済産業省「ダイバーシティ 2.0 行動ガイドライン」
①経営戦略への組み込み
まずはダイバーシティ経営を経営戦略に組み込む必要があります。一過性のものと思われないよう、経営トップ自らがダイバーシティ・ポリシーを明確にし、ダイバーシティが経営戦略に必要であることを示します。
ポリシーの明確化については、目指す企業価値との関係が重要です。例えば外国人登用であれば海外売上高、女性登用であれば新規事業開拓のように、関連する指標と結びつけると良いでしょう。その際は、女性管理職比率や国際人材比率などの「KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)」を策定し、具体的なロードマップを提示することが重要です。
②推進体制の構築
体制を決めるうえで重要なポイントになるのが、プロジェクトリーダーです。経営トップをプロジェクトリーダーにすることにより、ダイバーシティ推進に対する責任と会社としての意思表示が生まれます。
また、ダイバーシティ推進には、各事業部門と連携する体制を構築することも重要です。経営幹部や各部門長の評価指標にダイバーシティの評価項目を反映すれば、ダイバーシティ経営の実効性が高まるでしょう。
③ガバナンスの改革
同質的な人材だけで、ダイバーシティ経営における取締役会の監督機能を高めるのは困難です。多様な人材で取締役会を開くことにより、監督機能が高まります。そのためにも、取締役会の人材を見直し、ジェンダーや国際性の面で多様な人材を選任する必要があります。
④全社的な環境・ルールの整備
ダイバーシティ経営を推進するには、人事制度や評価制度を見直す必要があります。年功序列的な評価制度ではなく、成果をもとにした評価制度にすることにより、性別や国籍、年齢などの属性に捉われない制度になります。メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に移行したり、ハイブリッド型雇用にしたりするなど、雇用システムを変更するのもひとつです。
また、フレックス勤務や在宅勤務、時短勤務など、働く時間や場所に融通が利く制度を導入することも有効です。それにより、介護や出産、育児を理由にフルタイムで働けない人材や、事務所から離れた場所に住んでいる人材を確保できます。
《関連サイト》
ジョブ型雇用とは?メンバーシップ型との違いは?デメリットは?
⑤管理職の行動・意識改革
全社的にダイバーシティに取り組むには、現場の管理職の意識改革が欠かせません。多様な従業員を受け入れ、活かせる管理職を育成することにより、現場にダイバーシティの理念が浸透します。
そのためには、各部門の管理職に、多様性を活かせるマネジメントスキルを提供するトレーニングを実施する必要があります。異文化の人材との働き方やコミュニケーションマネジメント等の具体的な手法や、ジョブアサインメントに関するトレーニングのほか、無意識の偏見に対する影響を理解できるようなトレーニングも必要です。
マネジメント研修に介護や出産、育児を理由にフルタイムで働けない人材への対応を含めたり、対応方法を記載したハンドブックを作成したりするのも有効です。管理職の評価指標や次世代幹部候補の選定要件に、ダイバーシティの要素を盛り込めば、ダイバーシティを意識した行動になるでしょう。
⑥従業員の行動・意識改革
従業員の行動や意識を変えるには、多様なキャリアパスを示すことが有効です。全員が将来的に管理職を目指すような画一的なキャリアパスだけでなく、技術面のスペシャリストや遠隔からテレワーク勤務などの、ライフスタイルや価値観が異なる人材が活躍できる「多様なキャリアパス」を提示することにより、従業員一人ひとりが自らのキャリアパスについて考えるようになります。
キャリア形成を促す研修やトレーニングを実施することも大切です。 上司と部下が個人のキャリアプランを考える研修に一緒に参加したり、育児や介護と仕事を両立しているロールモデル社員を紹介することなどで、より自身のキャリアを意識できるでしょう。
また、育児や介護と仕事を両立できるよう、従業員が長く働き続けるための制度の構築と、その周知が大切です。
⑦労働市場・資本市場への情報開示と対話
社内的なダイバーシティに対する取り組みができたら、外部に対する取り組みを開始しましょう。 中長期的に実現すべき「人材ポートフォリオ(最適な人的資源の構成)」を整理し、それを実現するための採用から育成、登用までの人材戦略を策定します。
ダイバーシティに対する取り組みや人材戦略を外部に向けて発信することにより、自社が求める人材の獲得や、投資家からの評価向上につながります。
例えば、中学生や高校生などの早い段階から家族参加型のセミナーを開催し、自社や職種の魅力を伝えることにより、将来の選択肢に自社を含めてもらうことも外部への発信方法のひとつです。
投資家向けの発信であれば以下の媒体で発信することも有効です。
● 中期経営計画公表資料
● アニュアルレポート
● コーポレートガバナンス報告書
● 有価証券報告書(MD&A)
● 女性の活躍推進企業データベース
コーポレートサイトのトップメッセージにダイバーシティに対するメッセージを記載し、外部に発信している企業も存在します。
まとめ
ダイバーシティとは多様性を意味し、さまざまな属性を持った人たちが組織の中で共存している状態を指します。近年の日本のビジネスでは、人材獲得競争の激化や企業競争の激化、価値観の多様化を背景に、ダイバーシティの考え方が重視されるようになってきました。
企業でダイバーシティを推進することにより、多様な人材を獲得できるだけでなく、イノベーションの創出や企業評価の向上などの効果が期待できます。一方、多様な人材が集まることにより、合意形成の難航や生産性の低下、無意識の差別や偏見によるハラスメントが発生するリスクも抱えています。
このようなリスクを抑え、ダイバーシティ推進の効果を得るためには適切な手順で進めることが大切です。本記事を参考に、ダイバーシティ経営について検討してみましょう。
<ライタープロフィール>
ライター:田仲ダイ
エンジニアリング会社でマネジメントや人事、採用といった経験を積んだのち、フリーランスのライターとして活動開始。現在はビジネスやメンタルヘルスの分野を中心に、幅広いジャンルで執筆を手掛けている。