「派遣スタッフの労災手続き」派遣先会社の対応について解説
派遣スタッフが業務中に怪我をした場合は、派遣元と派遣先会社双方の迅速かつ適切な対応が不可欠です。
本記事では、労災手続きの流れのみならず、医療費の一時負担、復帰後のサポートにおける注意点まで詳しく解説しています。最後まで読んで、ぜひ参考にしてください。
目次
労災とは
労災(労働災害)とは、労働者が業務中や通勤中に事故や怪我、病気等にあうことを言います。労災保険(正式名称:労働者災害補償保険法)は、労災が発生した際に、労働者本人やその遺族に対して治療費や生活費を補償する制度です。
労災保険は、業務災害や通勤災害に対して医療費を全額補償するほか、休業中の賃金補償や後遺障害が残った場合の障害補償もカバーしています。労働者にとって、通勤や業務中のリスクに備える保険制度です。
労災が適用される災害は2種類
労働災害は、以下の2種類に大別されています。
● 業務災害:業務中に発生した事故によるもの
(例:工場での事故、職場での過労など)
● 通勤災害:通勤中に発生したもの
(例:交通事故など)
業務災害
労災保険が適用される業務災害は、労働者が業務を遂行している中で起きた事故や怪我、病気、死亡に限られます。業務災害に該当するかのポイントは、次の要素で判断されます。
1. 業務遂行性
2. 業務起因性
1. 業務遂行性
業務遂行性とは、労働者が雇用主の管理下で業務に従事していることを言います。
業務遂行性が認められるためには、次の2つの条件を満たしていなければなりません。
● 雇用契約に基づいて労働者が業務を遂行していること
● その業務が雇用主の利益のためにおこなわれていること
2. 業務起因性
業務災害と認定されるには、その災害が業務に直接的に関連しているかどうかといった業務起因性も必要です。つまり、業務そのものが怪我や病気の原因となっていることが求められます。(例:長時間の過労や重い荷物の運搬による腰痛)
業務起因性は、労働者が従事している作業環境や業務そのものの危険性が関わるケースで確認されます。業務に従事していたかどうかだけでなく、その業務が災害を引き起こす原因であるかどうかが焦点です。
通勤災害
通勤災害とは、労働者が自宅から勤務先、もしくは勤務先から自宅へ帰る途中に起きた事故や怪我を指します。具体的には、公共交通機関や自転車、徒歩での通勤中、あるいは自家用車を利用しての通勤中に発生する交通事故や転倒などが該当します。
通勤災害と認定されるためには、いくつかの条件を満たさなければなりません。
1. 住居と就業の場所との間の往復であること
2. 厚生労働省令の定める就業の場所から他の就労の場所への移動であること
3. 住居と就業の場所との間の往復に先行または後続する住居間の移動であること
自宅から職場までの最短経路であることが基本ですが、保育園やスーパーなどに立ち寄る「日常生活上必要な行為」が認められる場合もあります。
また、業務との関連性がないことも通勤災害の条件です。業務中の移動や出張先からの移動中の怪我等は、業務災害として扱われます。
一方で、私的な用事での大きな迂回や寄り道の場合は、通勤災害として認められないことがあります。また、通勤途中に発生した事故であっても、労働者の重大な過失や飲酒運転などが関与している場合は、保険給付の制限がおこなわれるケースが一般的です。
通勤災害は、労働者にとって身近なリスクであるため、通勤経路や手段の選択にも注意が必要です。
【参考】:東京労働局|通勤災害について
健康保険と労災保険の違い
健康保険と労災保険は、どちらも病気や怪我等に対する保険制度ですが、その適用範囲や給付内容等に違いがあります。
労災保険は、前述のとおり労働者が対象で、パートやアルバイトといった雇用形態にかかわらずすべての労働者に適用されるものです。
健康保険は日常生活で発生する病気や怪我、出産に対して保険給付をおこないます。被保険者となっている労働者本人のみならず、被扶養者である家族も対象です。健康保険の保険料は給与から天引きという形を取り、労働者と事業主が折半して支払っているのに対し、労災保険の保険料は全額事業主が負担しており、労働者が保険料を支払う必要はありません。
また、健康保険は一般的に自己負担3割で医療を受けられ、残りを健康保険でカバーしますが、労災保険は業務や通勤が原因の災害であれば、医療費は全額労災保険が負担することになっています。
労災が発生した際に事業主が保険給付の申請をおこなうことで、労働者の自己負担が発生しない仕組みとなっているのです。
【参考】: 厚生労働省|お仕事でのケガ等には、労災保険!
労災保険給付の種類
労災保険は以下の9つの給付に分けられます。
【労災保険給付の種類】
給付の種類 |
概要 |
療養(補償)等給付 |
業務上の事故や病気に対して必要な治療費を全額支給する |
休業(補償)等給付 |
業務災害や通勤災害で働けなくなった際、休業4日目以降から支給される |
傷病(補償)等年金 |
業務災害や通勤災害による傷病が治癒せず、労働能力が低下した場合に支給される |
障害(補償)等給付 |
業務災害や通勤災害によって身体に障害が残った場合に、一時金または年金が支給される |
遺族(補償)等給付 |
業務災害や通勤災害で労働者が死亡した場合、その遺族に年金や一時金が支給される |
葬祭料等(葬祭給付) |
労働者が業務災害や通勤災害で死亡した際、葬儀をおこなうための費用が支給される |
介護(補償)等給付 |
業務災害や通勤災害により身体に重度の障害が残った場合、介護が必要な労働者に支給される |
二次健康診断等給付 |
健診等にて特定の異常が見つかった労働者に対して、健康診断や保健指導を受ける機会を提供する |
社会復帰促進等事業 |
労働者が業務災害後、職場に復帰しやすいように、職業訓練やリハビリなどのサポートを提供する |
療養(補償)等給付
療養(補償)等給付は、業務上の事故や仕事中の病気に対する治療費を全額カバーする給付です。診療、入院、手術などの費用が労災保険から支給されます。
休業(補償)等給付
休業(補償)等給付は、業務災害や通勤災害で働けなくなった場合に、休業4日目以降、賃金の80%(60%+特別支給金20%)が支給されるものです。
傷病(補償)等年金
傷病(補償)等年金は、業務災害や通勤災害による傷病が治癒せず、労働能力が著しく低下した場合に支給されます。傷病給付は、通常は治療が終了(治癒)するまで支給されますが、治療を続けても症状が完治せず後遺障害が残った場合には、障害(補償)等給付に切り替わります。
障害(補償)等給付
障害(補償)等給付は、業務上の怪我や病気によって身体に障害が残った場合に支給されます。障害の等級に応じて一時金または年金が給付される仕組みです。例えば、前述の傷病(補償)等年金を受給中で傷病の治療が終了した労働者が、労働能力が低下するような障害が認定された場合に、その段階の等級で年金または一時金の障害給付が支給されることになります。
遺族(補償)等給付
労働者が業務災害や通勤災害によって亡くなった場合に、遺族に支給される給付です。年金または一時金として給付されます。
葬祭料等(葬祭給付)
労働者が業務災害や通勤災害で死亡した際に、葬儀をおこなうための費用として315,000円+給付基礎日額の30日分または給付基礎日額の60日分のいずれか高い額が支給されます。
介護(補償)等給付
介護(補償)等給付は、業務災害や通勤災害による障害で介護が必要となった場合に支給される給付です。障害(補償)等年金または傷病(補償)等年金の受給権者が対象となっています。
二次健康診断等給付
二次健康診断等給付は、会社がおこなう定期健康診断等で特定の異常が見つかった際に、二次健康診断と特定保健指導を実施する給付です。
社会復帰促進等事業
社会復帰促進等事業は、労働者が業務災害から職場に復帰しやすいように、職業訓練やリハビリなどの支援を提供する事業です。
【参考】:鳥取労働局|労災給付の種類
派遣スタッフが業務中に怪我をした場合の対応
派遣先で労災が起こった場合は、次のポイントをおさえて対応しましょう。
派遣スタッフには派遣元の労災保険が適用される
派遣スタッフが業務中に怪我をした場合、労災保険の手続は派遣元会社がおこないます。派遣元会社が派遣スタッフと直接の雇用契約を結んでいるためです。法律的には、労災保険の加入義務や保険給付の手続きもすべて派遣元会社がおこなうこととなっています。
ただし、派遣先会社も無関係ではありません。派遣先会社は業務中の指揮命令をおこなう立場にあるため、仮に労災保険の対象となる災害や事故が発生した場合、派遣先会社はその状況を迅速に派遣元会社に報告し、適切な対応をおこなう必要があります。
ここからは派遣先会社が実際にすべき流れを解説します。
派遣元会社への連絡
派遣先会社は事故や怪我の状況を正確に把握し、迅速に派遣元会社に報告する義務があります。派遣元は労災保険の申請手続きを進めるため、事故の詳細な情報が必要です。この連携が遅れると、労災申請や給付手続きに支障をきたす可能性があります。初動として、派遣先会社と派遣元会社間での情報共有は欠かせません。
派遣スタッフからも直接派遣元会社に連絡するよう促す
派遣スタッフからも、速やかに派遣元会社へ連絡するよう伝えます。派遣元が労災保険の申請手続きをおこなうためには、「いつ」「どこで」「どのような業務をしているときに」「どのような怪我をしたか」といった具体的な状況や発生した経緯が必要です。派遣スタッフからの早めの連絡が迅速な保険手続きにつながります。
派遣元が発行した労災書類に派遣先事業主として証明をおこなう
派遣元会社は、派遣スタッフや派遣先からの連絡を受けて「療養補償給付たる療養の給付請求書 様式第5号(正式名称:療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の給付請求書)」等の労災書類を記入します。派遣先会社は、派遣元の発行する労災書類に派遣先事業主として日時や発生場所といった事実の証明をおこないましょう。
【参考】:厚生労働省|主要様式ダウンロードコーナー(労災保険給付関係主要様式)
労働者死傷病報告を作成し、労働基準監督署へ提出
派遣スタッフが業務中に労災にあった場合、派遣元会社と派遣先会社の双方に「労働者死傷病報告書」の提出義務があります。派遣元は雇用主として、派遣先は事故が発生した現場の管理者として作成する書類です。
派遣先会社は労災の原因調査や再発防止策を実施し、報告書の写しを派遣元に送付します。
【参考】:栃木労働局|派遣労働者にかかる労働者死傷病報告の提出について ~ 派遣先事業者・派遣元事業者の両事業者に報告義務があります ~
派遣先会社の労災発生時の注意点
派遣先会社が労災発生時におさえておくべきポイントは以下3点です。
● 労災には時効期間が存在する
● 当日の医療費は派遣スタッフが一時的に支払うことがある
● 休業から復帰する派遣スタッフのケアが必要
労災には時効期間が存在する
労災保険の請求には、2年の時効期間(休業補償は5年)が定められています。派遣先会社は、事故発生時に派遣元会社や派遣スタッフと迅速に連携し、手続きが遅れないようサポートしなければなりません。特に手続きが長引くと、労災保険の適用ができなくなるリスクがあるため、早急な対応が重要です。
現場で起こり得るケースとしては、最初は怪我が軽度だと自己判断し、申請を忘れて先延ばしにした結果、時効を過ぎてしまうことや発症や症状の悪化が遅れて出る疾病(過労や職業病)で、発症日を認識せず時効にかかるといった場合があります。
休業から復帰する派遣スタッフのケアが必要
派遣スタッフが復帰する際は、労災ハラスメントや不当な扱いを受けないよう注意が必要です。職場復帰に際し、適切な業務配置や周囲とのコミュニケーションサポートをおこなうことで、安心して働ける環境を整えることが求められます。
労災ハラスメントとは、労災による休業や治療を受けた労働者が職場復帰後に、嫌がらせや不当な扱いを受けることを指します。具体的には、労災を理由にした不当な業務配置の変更、同僚からの差別的な態度や発言、復帰を妨げるような圧力をかける行為が含まれます。
派遣元会社、派遣先会社双方が、労災後のケアをしっかりとおこない、派遣スタッフが再び働けるよう配慮することが大切です。
まとめ
派遣スタッフの労災については、派遣先・派遣元双方の会社で、迅速な対応が求められます。労災の申請には時効が存在するため、派遣スタッフ本人も含めた3者間での連携が欠かせません。近年では労災ハラスメントという言葉も聞かれるように、職場復帰に壁を感じさせるような事例も起きています。企業として適切なサポートを続けることで、安全な職場環境を維持していきましょう。
<ライタープロフィール>
西本 結喜(監修兼ライター)
結喜社会保険労務士事務所代表。貿易事務や人事部門、経理など複数の企業でさまざまな部署を経験し、部門ごとのスタンスの違いについて深い理解も持ち合わせている。多様な現場で培った経験を活かし、複雑な労務問題にも柔軟に対応。クライアントと共に成長できる仕事にやりがいを感じている。