インクルージョンとは?ダイバーシティとの違い・企業のメリットを解説
近年ビジネスシーンで耳にすることが増えた「インクルージョン」。人材確保や企業の成長に欠かせない視点ではありますが、具体的にはどのような内容を指すのでしょうか。
本記事では、インクルージョンの基本的な考え方や「ダイバーシティ」との違い、企業がダイバーシティ&インクルージョンの推進に取り組むメリットについて解説します。
目次
インクルージョンとは
「インクルージョン」とは、直訳で「包括」「包含」「一体性」といった意味を持つ言葉です。
この意味合いを踏まえ、ビジネスシーンでは主に「さまざまな個性や特性、価値観を持った人がそれぞれ尊重され、平等に機会が与えられる組織の在り方」という意味で用いられています。
組織ではさまざまな年齢、性別、宗教、人種、国籍の従業員が働いています。「その全ての従業員が平等に取り扱われ、受け入れられるべきだ」というインクルージョンの考え方は、多様な従業員が所属する組織が発展していくために必要だといえます。
インクルージョンの概念が普及した背景
インクルージョンの考え方は、1970~1980年代にかけてヨーロッパで普及したといわれています。
当時のヨーロッパでは、誰でも享受できるはずの福祉サービスを差別や格差によって受けられない「ソーシャル・エクスクルージョン(社会的な排除)」が社会問題となっていました。
これは、産業構造の変化や移民の増加によって失業・貧困が深刻化したことが大きな要因とされています。そこで、解決へ向けた取り組みとして「誰でも平等に福祉サービスにアクセスできる権利を持つ」という「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」の理念が注目されたのです。
その後、インクルージョンの概念は福祉への取り組みだけでなく、教育分野でも取り入れられるようになり、現在はビジネスシーンにおいても欠かせない企業戦略のひとつとなっています。
日本でインクルージョンの概念が普及したきっかけ
日本でインクルージョンの概念が普及した背景として、「インクルーシブ教育」が広まったことが挙げられます。
インクルーシブ教育とは、国籍や宗教、人種、障がいの有無などに関係なく、全ての子供が同じ環境で共に学ぶ教育を指す言葉です。
国際的に取り組むべき課題として1990年以降世界中に普及し、日本では2007年に国連で採択されたCRPD(障害者の権利に関する条約)に署名したことで、「インクルージョン」という考え方が広く知られるようになりました。
インクルージョンとダイバーシティの違い
インクルージョンとよく似た言葉に「ダイバーシティ」があります。どちらもビジネスシーンでよく使われる言葉ですが、言葉の違いが分からないという人もいるのではないでしょうか。
ここからは、インクルージョンとダイバーシティの違いについて解説していきます。
ダイバーシティとは
ダイバーシティとは「多様性」という意味の言葉で、あらゆる人種・宗教・国籍に属する人々がひとつの集団に所属している状態を指します。
インクルージョンと混同されやすい言葉ですが、インクルージョンが「さまざまな人が平等に活躍できる機会がある状態」だとすると、ダイバーシティはその前提にある考え方だといえるでしょう。
ダイバーシティの概念が注目されたきっかけ
ダイバーシティの考え方は、インクルージョンよりも早く1950年代後半から60年代前半にかけて米国で普及したものです。
当時、米国ではアフリカ系アメリカ人による公民権運動が活発化しており、「あらゆる属性を持つ人が平等に社会に属することができる」という考え方が急速に広まっていました。
1964年には公民権法が制定されたことから雇用における差別が禁止され、企業が多様な人材を登用する大きなきっかけとなったのです。
ダイバーシティ2.0とは?
日本では、企業がダイバーシティに取り組むためのガイドラインとして「ダイバーシティ2.0」が策定されています。
経済産業省がダイバーシティを実現するためのアクションとして定めているのは、下記7つの行動です。
①経営戦略への組み込み |
※参考:経済産業省「ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン」
経済産業省では、その他にも「新・ダイバーシティ経営企業100選」や「なでしこ銘柄」の選定をおこなうなど、多様な事例を紹介することで企業のダイバーシティに関する取り組みを後押ししています。
なお、上記7つのアクションの具体的な事例については、本記事でくわしく後述していますので、そちらもあわせて参考にしてください。
ダイバーシティの種類
ひとくちにダイバーシティといっても、その考え方には「深層的ダイバーシティ」と「表層的ダイバーシティ」の2種類があります。
・深層的ダイバーシティ:宗教や価値観、性的指向など見た目からは判断しにくい多様性 |
ダイバーシティの実現には目に見えて分かりやすい表層的ダイバーシティへの配慮だけでなく、一見して判断しにくい深層的ダイバーシティにも配慮し、誰もが受けられる組織を目指すことが重要です。
ダイバーシティ&インクルージョンがビジネスにおいて重要視される背景
「ダイバーシティ&インクルージョン」とは、さまざまな人の多様性が尊重されることに加えて、平等に活躍の機会が与えられる組織の在り方を指しています。近年、企業ではダイバーシティ&インクルージョンの実現に取り組むことが経営戦略のひとつとして重要視されていますが、その要因には次のようなものが挙げられます。
・仕事やライフスタイルに対する価値観の変化 |
それぞれくわしく解説していきます。
仕事やライフスタイルに対する価値観の多様化
企業がダイバーシティ&インクルージョンの実現に取り組む背景として、社会や従業員の大きな価値観の変化が挙げられます。
従来の日本社会では「9時から17時まで働く」「新卒で入った会社で定年まで働く」といった画一的な働き方が根付いていました。しかし近年は「キャリアアップのために転職する」「会社の仕事以外に副業もおこなう」「夫婦ともに仕事と家庭を両立する」など、仕事に対する価値観やライフスタイルが多様化しています。
そのため企業としても、さまざまな人が働きやすい環境を整えるために、従業員の価値観の変化を認め、それに順応する組織へ変容することが必要になっています。
生産年齢人口の減少による人材獲得競争の激化
生産年齢人口(15~64歳人口)の減少も、ダイバーシティ&インクルージョンの実現に取り組むべき理由のひとつです。
少子高齢化が進む日本では、人手不足に悩む企業が少なくありません。内閣府の「令和6年版高齢社会白書」によると、2023年に7,395万人だった生産年齢人口は、2050年には5,540万人にまで減ると推定されており、企業の人材獲得競争は今後も激化していくでしょう。
その中でしっかりと人材を獲得するためには、より多くの人が働きやすい組織づくりが欠かせません。ダイバーシティ&インクルージョンの価値観を組織に根付かせることで、あらゆる人材が活躍できる土壌ができ、長期的な人材確保につながる可能性があります。
グローバル化による企業競争の激化
テクノロジーの進化により、グローバル企業が世界各地でビジネスを展開している昨今、その企業競争は激化の一途を辿っています。
多くの消費者に選ばれる企業となるためには、消費者ニーズの多様化やSDGsの推進による企業の在り方の変化も理解する必要があります。SDGsへの意識の高まりから消費者行動が変化する中で、積極的な取り組みをおこなわない企業は消費者の選択肢から外れてしまうことも考えられるためです。
今後もグローバル社会の中で発展していくために、ダイバーシティ&インクルージョンの価値観を理解し、具体的な取り組みを進めていくとよいでしょう。
企業がダイバーシティ&インクルージョンの実現を推進するメリットと課題
企業がダイバーシティ&インクルージョンに取り組む際には、そのメリットと課題をよく理解しておく必要があります。
ダイバーシティ&インクルージョンの実現に取り組むメリット
企業がダイバーシティ&インクルージョンの実現に取り組むと、主に次のようなメリットがあります。
・多様で優秀な人材の獲得 |
さまざまな人を受け入れて平等に活躍の機会を提供するダイバーシティ&インクルージョンは、優秀な人材の確保や人材流出を防止するメリットがあります。今後ますます働き手不足が深刻化する日本社会において、人材確保に良い影響があるのは大きな利点です。
また、さまざまな価値観を持つ人が集うことで、多様化する消費者のニーズにも対応することができます。これまでにない新たな考え方を取り入れた結果、新規事業やイノベーションの創出につながる可能性もあります。
ダイバーシティ&インクルージョン実現への課題
一方で、ダイバーシティ&インクルージョンの実現には、次のような課題も指摘されています。
・多様な価値観への理解・意識改革 |
企業がダイバーシティ&インクルージョンの実現を推進していくためには、まず多様な価値観を理解し、従業員の意識を改革していくことが欠かせません。社内ルールを策定したり、研修プログラムを実施したりする必要もあります。
そうした環境・ルールの整備には一定のリソースが必要となり、企業規模によっては専門チームを設けて対応するケースも考えられます。
また、従業員が無意識のうちに差別や偏見によるハラスメントをおこなってしまうリスクもあります。社内ルールを策定する際は、こうしたハラスメントを防止する仕組み作りも検討することが重要です。
企業がダイバーシティ&インクルージョンを推進する手順
ではどのようにダイバーシティ&インクルージョンを推進すればよいのでしょうか。経済産業省が策定しているガイドラインから、具体的な取り組みを紹介しましょう。
アクション |
具体例 |
①経営戦略への組み込み |
・経営計画において、女性の活躍や外部人材の登用を促進し、多様性を実現する人事制度へと見直すことを明確化する |
②推進体制の構築 |
各部署にダイバーシティ担当者を配置し、従業員の意見をヒアリングする |
③ガバナンスの改革 |
取締役会の構成を見直し、さまざまな性別や国籍を含む構成へと変化させる |
④全社的な環境・ルールの整備 |
これまでの働き方を見直し、多様なライフスタイルや価値観が尊重される人事制度へと改革する |
⑤管理職の行動・意識改革 |
各部署の管理職に研修を実施し、ダイバーシティ&インクルージョンの重要性への理解を深める |
⑥従業員の行動・意識改革 |
さまざまなライフスタイルや価値観を持つ人が活躍できる多様なキャリアパスを実現する |
⑦労働市場・資本市場への情報開示と対話 |
・多様な人材の確保に向けて、新卒一括採用でなく通年採用や中途採用の枠を拡大する |
※参考:経済産業省「ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン」
このように、ダイバーシティ&インクルージョンの実現は、経営陣や管理職、従業員などさまざまな層が一丸となって取り組む必要があります。
企業がダイバーシティ&インクルージョンを推進する際の留意点
企業がダイバーシティ&インクルージョンに取り組む際には、次のような点に留意しましょう。
・目標数値にとらわれすぎない ・企業全体で取り組みを推進する ・継続的に改善に取り組む |
目標数値にとらわれすぎない
多くの企業ではダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けて、具体的な目標数値を設定しようとします。たとえば「5年後までに女性の管理職比率10%を目指す」といったものなどです。
こうした目標数値は取り組みを明確化するために欠かせないものですが、その一方で数値にとらわれすぎるべきではありません。数値目標を達成するためだけに、その属性をもつ人材を登用してしまうリスクがあるためです。
数値目標を達成するためだけに人材を登用していては、ダイバーシティ&インクルージョンの実現に近づけないだけでなく、従業員のモチベーション低下につながってしまうこともあるでしょう。
真にダイバーシティ&インクルージョンを実現するためには、人事制度上の評価を明確にするなど、客観性がある平等な評価制度を設けることが重要です。
企業全体で取り組みを推進する
ダイバーシティ&インクルージョンの実現には、経営陣だけでなく従業員も一丸となって取り組む必要があります。
たとえば「ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けて専門部署を設置したものの、社内の課題を吸い上げられていない」という状況では、せっかくの取り組みも有効とはいえません。
ダイバーシティ&インクルージョンを実現するためには、経営層と従業員のどちらもその重要性や現状の課題をしっかりと把握し、解決のためにどのようなことに取り組むべきか理解しておく必要があります。
こうした企業の体制を構築し、ダイバーシティ&インクルージョンへ向けた意識を高めるためには、経営層は現場レベルの課題をきちんと把握し、従業員は研修で得た知識を体得して理解を深めるなど、企業全体で改革ムードを醸成していくことが大切です。
継続的に改善に取り組む
ダイバーシティ&インクルージョンの実現は、一朝一夕の取り組みで達成できるものではありません。実現に向けた具体的な施策を策定した後も、その有効性を定期的に検証し、常に改善に向けて取り組んでいく必要があります。
そのためには、従業員の声をしっかりと拾い上げることが大切です。特に、従業員のニーズは時間とともに変化していく可能性があるため、定期的にダイバーシティ&インクルージョン推進メンバーとの面談の場を設けるなど、現状の課題を洗い出す仕組みを構築することが有効といえます。
こうして継続的にダイバーシティ&インクルージョンへの実現に向けて取り組めば、社内の意識が変わっていき、多様性を尊重する組織づくりの実現に近づいていきます。
まとめ
インクルージョンは、さまざまな個性や特性、価値観を持った人がそれぞれ尊重され、平等に機会が与えられる組織の在り方のことで、多様な人を受け入れるダイバーシティと合わせて企業が取り入れたい概念のひとつです。
今後ますます働き手不足が深刻化する日本社会において、多様な人材を受け入れて活躍の場を提供するダイバーシティ&インクルージョンの実現は、企業価値を高めるためにも欠かせない取り組みといえます。
まずはクリアすべき課題を明確にし、自社が目指す組織の在り方を明確化してみましょう。
<ライタープロフィール>
ライター:椿 慧理
フリーライター。新卒後に入行した銀行で10年間勤務し、個人・法人営業として金融商品の提案・販売を務める。現在は銀行で培った多様な経験を活かし、金融・人材ライターとして幅広く活動中。2級ファイナンシャル・プランニング技能士、1種外務員資格、内部管理責任者資格を保有(編集:株式会社となりの編プロ)