リカレント教育とは?注目の背景と学び直しの代表例や支援制度を簡単にご紹介
社会人が学び直しをする「リカレント教育」が注目を集めています。欧米では広く定着している制度ですが、日本では働きながら学べる環境を整備している企業の割合は1割程度にとどまっていました。しかし、労働環境の変化や競争力の低下などから、リカレント教育が重視されるようになってきました。本記事では、注目の背景や実施方法、企業が受給できる支援制度などについて説明します。
目次
リカレント教育とは
「リカレント(recurrent)」には、「繰り返す」「循環する」という意味があります。リカレント教育とは、学校教育から離れて社会に出た後も、必要なタイミングで再び教育を受け、仕事と教育を繰り返すことです。
日本では、仕事を休まず学び直すスタイルもリカレント教育に含まれ、社会人になってから自分の仕事に関する専門的な知識やスキルを学ぶため、「社会人の学び直し」とも呼ばれています。
生涯学習との違い
リカレント教育と似たような用語に「生涯学習」があります。生涯学習とは、生涯にわたりおこなうあらゆる学習を指し、学校教育や社会教育、文化活動、スポーツ活動、ボランティア活動や趣味など、仕事に無関係なことや「生きがい」に通じる内容も学習の対象に含まれます。そのため、リカレント教育とは目的が異なります。
リカレント教育とは、仕事に活かすための知識やスキルを学ぶことです。ビジネスに必要な「外国語」、MBAや社会保険労務士などの「資格習得系科目」、経営・法律・会計などの「ビジネス系科目」、「プログラミングスキル」などを学び直す、スキルアップやキャリアアップを目指す方法のひとつです。
今、リカレント教育が注目されている背景
リカレント教育は首相官邸の「人生100年時代構想会議」でも取り上げられ、文部科学省、厚生労働省、経済産業省などが連携して政策を進めています。その背景には、次のような理由が考えられます。
知識やスキルの幅を広げて社会の変化に対応するため
人生100年時代、70歳定年制、第4次産業革命など、日本の社会や労働環境は大きく変化しています。少子高齢化が急速に進み2008年には人口減少時代を迎え、高齢者になっても能力を活かして働くことが求められるようになってきました。IoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)、ビッグデータを用いた技術革新も進み、2030年にかけて産業構造や就業構造が大きく変化すると予測されています。
また、日本の労働生産性は1970年以降、約50年間にわたって主要先進7ヶ国で最下位の状況が続いています。国際的な競争力も低下し、世界競争力年鑑2021年版の総合順位でも31位と停滞が続いています。このような状況を変えていくためには、ビジネスのスキルや知識を学び直し、アップデートを続けていくことが必要です。そのため、リカレント教育の重要性が見直されるようになってきているようです。
雇用の流動化に対応するため、会社に依存しないキャリアアップを目指す
2021年には70歳までの就業機会の確保が努力義務になるなど、高年齢者の雇用措置が図られる一方、早期退職制度や希望退職制度を導入する企業が増え、40~50代の中高年を対象とした黒字リストラも活発になっています。超高齢化社会に突入したことで日本型雇用の代名詞だった終身雇用は限界を迎え、従来のメンバーシップ型からジョブ型に切り替える企業も増えるなど雇用制度も変化しています。
さらに、多くの企業は、かつては副業を禁止していましたが、現在は解禁が進み、国も副業・兼業を推進しています。これらの変化によって人材の流動化が加速するといわれており、会社に依存しないキャリアアップを目指す人が増えてきました。会社や年齢を問わず活躍するには、スキルや知識を更新し続けていくことが必要です。このようにさまざまな理由からリカレント教育が注目されています
リカレント教育のメリット
内閣府の資料「社会人の教育訓練の現状」によると、日本は働きながら学べる環境を整備する企業が1割程度にとどまっており、諸外国に比べて人材への投資や従業員の学習機会が少ないことが問題視されています。リカレント教育をサポートすることは、従業員だけでなく、企業にとってもさまざまなメリットがあります。代表的な3つのメリットを紹介します。
イノベーション創出の機会が増え、競争力や生産性が高まる
企業の競争力や生産性向上を図るうえで最も直接的な効果が期待できる手法は、高い付加価値を産み出すためのイノベーションを継続的に創出することです。多様な知識や経験を持つ人が多い組織ほど、組織のパフォーマンスが高まることがさまざまな研究から明らかになっています。多様な知識や経験を持つ人材が増えれば、イノベーションの創出につながり、競争力や生産性の向上が期待できるでしょう。
優秀な人材を確保しやすくなり、人材不足を防ぐ
雇用の流動化は、人材流出のリスクを高くします。優秀な人材ほど自己研さんや自己学習の意欲が高いため、より成長できる環境を求めて離職する傾向があります。企業がリカレント教育をサポートすることは、優秀な人材の流出を防ぎ、定着率を高める効果が期待できるでしょう。働きながらキャリアパスを形成する環境を整えることで社員全体の離職率も下がり、深刻化する人材不足を防ぐことにもつながるでしょう。
SDGs、CSRの取り組みによって、企業価値が向上する
近年の変化にひとつにSDGsの重要性が高まっていることも挙げられます。「持続可能な目標」とされるSDGsは社会的意義が大きく、企業がCSRに取り組む姿勢はステークホルダーも注目しています。「質の高い教育をみんなに──教育は課題解決の糸口」は、SDGsの目標(ゴール)のひとつに挙げられています。日本ではまだ定着していないリカレント教育に取り組むことで企業価値の向上が期待できます。
リカレント教育の注意点
リカレント教育は、生産性や競争力、定着率、企業価値などを高める効果が期待できる、意義ある取り組みですが、これまであまり実施されてこなかったため、導入を進めるためには制度の見直しや新たな仕組みが必要となります。企業がリカレント教育に取り組む際の注意点を紹介します。
休暇制度や評価制度の見直しが必要
企業がリカレント教育に取り組む際は、休職・復職、時短勤務、人事評価などの制度の見直しが必要です。大学などに通って復職した後、元のポストに戻れない、受講期間のブランクによって評価が下がるなどの不安があると、従業員は積極的に学ぶことができないでしょう。従業員が安心してリカレント教育を受講できる仕組みをつくり、休暇中の給与や福利厚生、復職後の処遇なども見直す必要があります。
導入・運用のコストがかかる
企業が従業員のリカレント教育のサポートをするためには、新たな制度の導入や運用が必要になるため、人的コストがかかります。学費の一部を負担する場合は、その予算も必要になります。国や行政によるリカレント教育への支援や助成も用意されています。これらの利用も検討してみましょう。
リカレント教育で得た知識とスキルを活かせる場所を用意する
OECDが調査をおこなった「リカレント教育の現状」によると、日本の成人教育の「柔軟性」(教育機会を柔軟に得ることができるか)は34ヶ国中33位、「ニーズ」(教育が労働市場のニーズに合致しているか)は31ヶ国中31位で最下位でした。
リカレント教育は、時間・距離の制約、遠隔教育の整備等の柔軟性を高め、訓練の有用性や将来のニーズに対応した取り組みをすることが必要といえます。労働市場のニーズに合致した学びを推奨し、受講後は学んだことを活かせるポジションに配置するなど、得た知識とスキルを活かせる場所を用意することが、リカレント教育における重要なポイントとなるでしょう。
企業がリカレント教育を支援する7つの方法
企業が従業員のリカレント教育を支援するには、大きく分けると7つの方法あります。自社にとって必要な学び、かけられるコスト、求める成果などを検討して、適切な方法を選んでみてください。
①自社で教育研修をおこなう
労働市場のニーズに合致した学びを提供するには、企業内で教育研修をおこなう方法があります。自社に講師を招いて教育研修をおこなえば、より多くの従業員が一緒に学ぶことができます。
②受講料を支援する
従業員がリカレント教育を受けるには、社会人向けのリカレント講座を実施している大学・大学院・専修学校で受講する、民間の資格スクールを活用する、オンライン講座(eラーニング)を活用する、といった方法があります。これらの費用を一部または全て負担し、受講料を支援する方法があります。
③休職・復職制度を見直す
リカレント教育とは、本来は就労を一時中断して教育を受けるものです。内閣府の「社会人の教育訓練の現場」によると、教育訓練休暇制度を導⼊している日本企業は1割に満たず、導入予定の企業を合わせても2割程度にとどまっています。休職・復職制度を見直すことは従業員の支援になります。
④時短勤務制度を見直す
働きながらリカレント教育を受ける場合も、企業の支援がなければ従業員が学び続けることは難しいでしょう。時短勤務制度を見直す、通常業務を軽減するなど、学びやすい環境をつくることが必要です。他の従業員の理解を得られるよう、リカレント教育の重要性を周知することも支援のひとつです。
⑤週休3日・週休4日制度を導入する
働き方改革の一環として「経済財政運営と改革の基本方針2021」のなかで新たに提唱されているのが、「選択的週休3日制」です。大手企業などすでに週休3日・週休4日制度を導入している企業もあります。従業員が勤務日数を選択できるようにすることで、リカレント教育を支援する方法もあります。
⑥副業・兼業を認める
仕事に活かすためのスキルや知識を学べる場所は、学校だけとは限りません。リカレント教育の定義とは少し異なりますが、副業・兼業を推進することも従業員の知識や経験、スキルを向上させる方法のひとつです。週休3日・週休4日制度を導入し、副業・兼業をしやすくすることも支援になります。
⑦リカレント教育の情報を提供する
従業員がスキルアップや自身の成長のためにリカレント教育を受けたいと思っても、何を学べばいいのかわからない場合があります。自社が求める人材像、そのために必要なスキルや知識、学べる方法などを企業が提示することもリカレント教育の促進になります。
2020年に厚生労働省が開設した職業情報サイト「jobtag」には、職業ごとに求められるスキルや知識に関する情報が掲載されています。また、「キャリア形成サポートセンター」では、個人、企業・団体、学校関係者を対象にさまざまなキャリア形成支援を無料でおこなっています。こうした情報を周知・活用することも、従業員のリカレント教育支援の方法のひとつです。
《参考》厚生労働省
職業情報サイトjobtag(日本版O-NET)
キャリア形成サポートセンター
リカレント教育の助成金制度
厚生労働省では「人材開発支援助成金制度」を実施しています。これは事業内の職業能力開発計画を立て、計画に沿って従業員に職業訓練を実施する事業主等を支援する制度です。企業がリカレント教育を取り入れ、適用要件に当てはまる訓練と認定された場合、補助金や助成金、支援を受けることができます。詳細については、以下のサイトを確認してみましょう。
厚生労働省:人材開発支援助成金(特定訓練コース、一般訓練コース、教育訓練休暇等付与コース、特別育成訓練コース、人への投資促進コース)
また、厚生労働省は「人への投資」について国民からアイデアを募集した結果、「企業の従業員教育、学び直しへの支援」「デジタル分野など円滑な労働移動を促すための支援」等の提案が寄せられたため、令和4年度から令和6年度までの間、新たな助成コース「人への投資促進コース」を創設しました。
厚生労働省:人材開発支援助成金:「人への投資促進コース」の創設
こちらでは、デジタル人材・高度人材を育成する訓練、労働者が自発的におこなう訓練、定額制訓練(サブスクリプション型)等を実施した場合に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部が助成されます。これらの助成金制度を活用することも、リカレント教育の支援としておすすめです。
まとめ
リカレント教育は、急速に変化する社会情勢や多様化する働き方に対応する手法として注目されています。国も助成金・補助金を出すなど「人への投資」を積極的に支援しています。リカレント教育は、働く人のニーズに応えるだけでなく、競争力や生産性の向上、イノベーションの創出、優秀人材の確保、定着率の向上など、さまざまな効果が期待できます。企業の施策に取り入れてはいかがでしょうか。
《ライタープロフィール》
鈴木にこ(ライター)
求人メディアの編集者を経て、フリーランスとして活動中。派遣・新卒・転職メディアの編集協力、ビジネス・ライフスタイル関連の書籍や記事のライティングをおこなう。