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デザイナーと料理家。2つのキャリアを積むことになった原動力は、「直感」だった。

デザイナーと料理家。2つのキャリアを積むことになった原動力は、「直感」だった。

「やりたいことがない」という危機感を抱いた20代前半から、紆余曲折ありながら料理家とデザイナーというふたつのキャリアを築かれた庄司智子さん。「逃げるが勝ち」をモットーに掲げる庄司さんは、現在のキャリアをどのように築いていったのでしょうか。現在のお仕事に至るまでの経緯や原動力についてお聞きしました。

現在のキャリアは、「やりたいことがない」という危機感からはじまった。

― 庄司さんは現在、WEB業界でデザイン制作を行うと同時に、料理家としてレシピ本を執筆するなど、とても意欲的に活躍されていますね。以前からこれらの仕事に就きたいという思いはあったのでしょうか。

実は全くありませんでした。むしろ、やりたいことが何もなかった。もともと20代前半はアパレルで日本初出店のブランドの立ち上げを担当していたのですが、ある日「このままでは、接客業しかできなくなってしまうのではないか」という強烈な焦りを感じて、目覚めたことがありました。

― それまで「なんとなく思っていた」のが、積もり積もって……という形だったのでしょうか。

無意識に危機感を抱いていたのが表に出てきたのだと思います。当時は、まだパソコンを持っている人がほとんどいなかった時代でしたが、「これからはパソコンが使えないと生きていけない!」と直感して目覚めた朝、起き抜けにパソコンを買いに走りました。そもそもパソコンで何ができるのかもわからず、電源のつけ方すらも分からない状態だったのですが、少しでも費用を抑えるためにセッティングは自分でやることにしてパソコンを衝動買いしました。

― まずは使い方を覚えるところからのスタートだったのですね。専門的な知識もないまま、セッティングから自分で行うのはかなり難しかったのではないでしょうか。

意外にも難しいとは全く感じず「なんだ、やればできるじゃん」という感じでした。初めはメモ帳に文字を打ってみたり、ブラインドタッチをゲームで楽しみながら覚えていきました。ちょうどその頃、働いていたアパレルの店舗が日本から撤退することになり、「これはチャンス!」とばかりに“パソコンを使って仕事ができる職場”を探そうと決意しました。

― それまで働いていた業界とは大きく異なる業界に行くのは大きな決断だったと思うのですが、どのような会社への入社を考えられたのでしょうか。

とにかくパソコンが使えればどこでもいいと思っていたので、まずは初心者でも受け入れてくれる、研修制度が整ったサポートセンターを選びました。入社後はサーバー関連のサポート部署に配属になり、「メールが届かない」「画面の設定が分からない」「ドメインの移行ができない」といったお客様への対応をしていました。ここではパソコンの基礎を学ぶことができたので、今後に繋がる良い経験になったと思います。

突然の病から始まった、新たなキャリア。

デザイナーと料理家。2つのキャリアを積むことになった原動力は、「直感」だった。_2

― 徐々にパソコンのスキルや知識を身につけたとのことですが、そこからデザイナーのキャリアにはどのようにつながってくるのでしょうか。

サポートセンターは常に問い合わせが来ることもなく、空き時間は「パソコンに関わることであれば自由に使っていい」という環境でした。そこで詳しい人に聞きながらホームページを作ってみたところ、とても楽しくて! この事がきっかけで初めてデザイナーという職業に興味を持ちました。

その後はデザインに携われる会社を探して、社内ホームページ更新業務の募集を見つけて面接に行きました。ところがその会社は男性社員を探していたとの理由から、あっけなく落ちてしまって……しかし運良く親会社がデザイナーを探していたことを知って応募したところ、採用が決まりました。ここから、デザイナーとしてのキャリアがスタートしました。

― 当初はパソコンに不慣れだった状況から、デザイナーになるまで積極的に行動していた庄司さんのバイタリティには驚きです。

楽しいと感じていたので、とにかく動きたかったんでしょうね。いま振り返ると、そこでの経験がデザイナーとしての基礎になっているように思います。当初は2名体制でデザイン業務を行っていたんですけど、一人が辞めてしまってからはわたしだけでホームページの制作・更新、パッケージや広告のデザインなどを担当していました。WEBも紙媒体もデザインに関することは幅広く関わらせてもらえる状況だったので、とてもラッキーだったと思います。そこから次の会社に転職した頃、子宮頸がんが発覚したんです。

― そんなことが… デザイナーとして働く一方、治療を行うのはかなり負担だったのではないでしょうか。

精神的にはかなりきつかったです。手術ではなく、当時まだ珍しかった「食事療法」を選択したため、ストレスとの戦いでしたね。仕事を続けながらの治療だったので、お肉や炭水化物などいままで普通に食べていたものを食べることができない状況はすぐに限界を感じました。

― それでも治療は継続したのでしょうか。

結果が出るまでは、ほぼ断食状態の食事療法を続けました。完治したことがわかってからは、野菜中心の食生活を維持しつつ、少しでも美味しいものを食べたいという想いから自分で考えたレシピを作って食べるようになりましたね。

実はそれまでまったく料理が好きではなかったんですよ。でも、せっかく作ったのだからと、レシピをブログに載せてみたところ、ランキングで1位になったり、コメントをたくさんいただいたりと思ってもいない反響がありました。もともとは、食レポやオーガニックコスメを紹介する記事を書いていたのですが、読者の方の反応がレシピに寄っていることに気づき、思い切ってレシピに振り切ってブログをリニューアルしたり、少しずつ改善を重ねながら楽しんでいました。

― 読者の方々からのリアクションを見ながら、ブログ1位キープできた秘訣はどこにあったのでしょうか。

毎日の更新ですね。熱が出ても、旅行に行っても、とにかく1年間は更新しました。また、初期の頃はレシピの調理過程を細かく書いていたのですが、簡潔にまとめた方が反応も良いことに気がついてからは、おおよそ3~5ステップくらいで済むような形のものにシフトしていきました。このように、ブログは試行錯誤を繰り返しながら、より良いものを目指して作っていましたね。そうするうち、出版社の方からお話をいただいてレシピ本を出版したのが、料理家になるきっかけでした。

― 毎日の更新をされていたとのことですが、庄司さんはレシピのアイデアをどのように得られているのでしょうか。

普段から常にアイデアを求めてアンテナを張っているのですが、電車の中吊り広告の色や写真、キャッチなどからも料理を連想したり、外を歩いているときに漂ってきた香りから味の想像をして再現したり。頭で「ああしよう、こうしよう」と考えるというよりも、五感をフルに使うことが好きなのかもしれません。周りにあるもの全てがアイデアの材料になるので楽しいですよ。

「やらない後悔より、やった後悔」。

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― デザイナーと料理家、二足のわらじを履いたことで得られた経験はありますか。

仕事の幅がぐっと広がりました。私はデザインと料理はどちらも「創作」なので、似たジャンルだととらえていますが、ふたつの仕事を両立していると言うと驚かれることも多く、興味を持っていただける機会が増えました。

いまは一次生産者さんが産品の商品化やブランディングをする際のプロデュースをする会社に所属しているので、WEBサイトやパッケージのデザイン、産品を使った食べ方の提案など、どちらも活かせる環境にいます。これも2つのキャリアを歩んできたからこそのご縁だと思います。

― 庄司さんがこれまでキャリアを築いてきた中で、大切にされていることについてお聞かせください。

直感と自己肯定ですかね。私は昔から好きなことと嫌いなことがはっきりしていました。「嫌」と言ってしまうと、傍から見たらネガティブに聞こえるかもしれません。でも嫌いなものを好きになる努力をするより、好きなことを伸ばしたほうが楽しい。嫌なことから逃げているとも言えますが、私にとってはごく自然なことなんです。

むしろ、「それでもいいじゃん」「苦手でもなんとかなる」というように、まずは自分を肯定してあげる。本当にやりたいことであれば、たとえ嫌なことでも面倒くさくても、頑張ることなく自然と行動しているような気がします。人からどう見られるかより、とにかく自分がやりたいようにやる。それを大切にしています。

― デザイナー、料理家といずれも未経験からのスタートでしたが、課題はありましたか。

初めはパソコンの電源の入れ方さえもわからない状態でしたが、周りの人に聞いたり、本を買って独学で学んでいく、ひとつひとつの過程がとても楽しかったです。料理も誰かに教わったわけではありませんが、母が家庭科の教師の資格を持っていたこともあって、知らず知らずのうちに味付けや食材についての知識がついていたのかもしれません。

実はデザインも料理も、最初からうまくいくイメージを持っていたわけではないんです。ただ目の前のできることを楽しんでいただけ。だからこそ、「もっとこうしなきゃ」「楽しまなきゃ」と縛られたり、課題として重く感じることもありませんでした。

― 「楽しむ」ことができなくなることも、これまで少なからずあったと思います。その場合、庄司さんはどのように乗り越えてきたのでしょうか。

当然ながら、仕事としてやっている以上、楽しいだけでは成り立たない場合もあります。ただ、「好き」や「得意」がベースにあると、乗り越えやすいし達成感も倍増すると思うんですよね。反対に「楽しまなきゃ」と思った時点で、それはもう強迫観念になってしまい、終わってホッとすることはあっても達成感は感じにくいのかなと思います。

「好き」や「得意」が初めはわからなくてもまずは「やってみよう」と思えるか。
私の場合であれば「パソコンを買ってみる」「食事療法を選択してみる」……のように。やってみて合わないと思えば「やめる」という選択をすればいいだけ。その時の自分の心の動きを大切にしています。

― 今後の展望をお聞かせください。

食とデザインには今後も携わっていきたいと考えています。

いままでは消費者側の目線しか持てなかったのですが、生産者の方と接する機会が増えたいま、両者が幸せになる橋渡しのようなことをしていきたいと思います。私たちが食べるものを作ってくださっている生産者さんの裏側を、消費者はなかなか知る機会がありません。だからこそ、そういう場をもっと増やしたいですし、逆に消費者がどんなことを求めているのか生産者さんに伝えていくこともしていきたいです。料理とデザインで課題が解決できれば嬉しいですね。

― 「やりたいことはあるけど、一歩を踏み出す勇気がない」、「現在の仕事に疑問を持っている」といった方に向け、アドバイスをいただけますか。

もしもやってみたいことがあるのなら、趣味レベルからでも始めてみたほうが良いと思います。いきなり「○○を仕事にするぞ!」と大きな目標を掲げてしまうと、ハードルが高くて折れてしまう場合もあると思いますが、趣味なら例え途中で諦めてしまっても誰にも迷惑がかからない。好きなことがわからないという方も、実は無意識のうちに「好き」が原動力になって行動していることはたくさんあると思います。頼まれなくてもついやってしまうこと、頑張らなくてもできてしまうこと、そんなところにヒントが隠されているかもしれません。好きな事は周りから何と言われようと止められないもの。それを意識してみるといいかもしれません。

インタビューを終えて

ある日抱いた危機感から、現在のキャリアを築かれるまでトライアンドエラーを繰り返した庄司さん。「好き」を突き詰めた庄司さんを後押ししたのは、「まずはやってみる」というバイタリティでした。

あなたも、もし「仕事として形にしたい」ものがあるのならば、彼女のように「楽しい」と思える直感を信じてみてはいかがでしょうか。