労災(労働災害)とは
労災とは「労働災害」の略称です。労災保険にはさまざまな種類があり、労災保険の種類によって認定基準や補償内容が異なります。
労災の認定基準を理解し、対象となる労災保険の手続きをすることにより、補償の受給が可能です。本記事では、労災や労災保険の概要や労災の認定基準、補償内容とともに、労災保険給付の認定手続きの流れについて解説します。
目次
労災(労働災害)とは
労災とは、従業員やパート社員、アルバイト、派遣社員などの労働者が、業務中や通勤中に負傷したり病気になったりすることです。よく目にするケースとして、工場や建設現場での作業中の事故により負傷することが挙げられます。
業務中の事故以外にも、過労による病気や自殺、ハラスメントによる精神疾患も労災のひとつです。厚生労働省の調査によると、2022年の労災による死亡者数は5年連続で対前年比減となっているものの、死傷者数は2002年以降で最多となったことが明らかになりました。
死傷者が増加した背景には、高齢労働者の無理な動作による腰痛や、猛暑による熱中症が挙げられます。企業には、労災を発生させないための取り組みをするとともに、労災発生時の適切な対応が求められています。
参考:厚生労働省「令和4年の労働災害発生状況を公表」
労災保険とは
労災保険とは、労災によって労働者が業務に従事できない期間の、治療費や生活費を補償する制度です。労働基準法第76条により、企業は労災にあった労働者に対し、補償責任を負うことが義務付けられています。労使保険の費用は、企業が負担する保険料からまかなわれています。
労災保険は企業が加入する保険です。パート社員やアルバイト、日雇い労働者も含めたすべての労働者を1人でも雇用しているすべての事業者や法人が対象です。対象となる労働者(被保険者)は、雇用形態を問いません。ただし、雇用する事業主側は、基本的に適用されません(別途「労災保険特別加入制度」という制度はありますが、今回は割愛いたします。下記に参考リンクを掲載します)。
参考リンク「労災保険 特別加入制度」
https://www.rouhoren.or.jp/what/special.html
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-5.pdf
労災保険の算定の基礎となる給付基礎日額は、労災保険法第8条の3に基づき、「毎月勤労統計の平均給与額」の変動に応じて毎年自動的に変更されています。
健康保険との違い
労災保険と健康保険では、補償対象が異なります。健康保険の補償対象となるのは、業務外での負傷や病気です。一方、労災保険の補償対象は、業務中や通勤中に被った負傷や病気です。そのため、業務中や通勤中に被った負傷や病気には、健康保険を使用できません。
労災保険の対象となる負傷や病気で健康保険を使用した場合、労災保険への切り替え手続きが必要です。切り替え手続きを怠った場合、労災隠しとして、労働安全衛生法違反と判断される可能性があるため、注意が必要です。
労災の認定基準について
労災の認定基準は「仕事によるもの」と「通勤によるもの」の2つに分類されます。仕事による労災は、さらに業務災害と複数業務要因災害の2つに分けられます。それぞれに認定基準が定められているため、負傷や病気の原因を把握したうえで手続きを踏むことが重要です。
出典:厚生労働省PDF「労災保険給付の概要」
ここでは、それぞれの認定基準について解説します。
仕事によるもの:業務災害
業務災害は、業務上の負傷や疾病、障害、死亡が該当します。事業所の敷地内にいれば事業主の管理下にあると認められるため、敷地内での移動やトイレでの傷病も、仕事による労災の対象です。
休憩時間中や就業時間前後での傷病については、設備や管理状況が原因であれば業務災害と認められますが、私的な行為によって発生した傷病は業務災害と認められません。出張や社用での外出時についても、私的行為のような事情がない限りは、業務災害の対象です。
業務災害と認められないケースとして挙げられるのは、以下のとおりです。
● 就業中に私的行為や業務を逸脱する行為が原因で傷病にあった場合
● 故意に傷病となる原因を発生させた場合
● 第三者から、個人的な恨みが原因で暴行を受けた場合
● 地震や台風などの天災が原因で傷病にあった場合(ただし、事業所の立地や作業環境が悪く、対策も講じられていないと判断された場合は、業務災害と認定される)
疾病については、業務との因果関係が認められれば、業務災害の対象となります。そのため、たとえ就業中に脳卒中を発症しても、業務との因果関係が認められなければ業務災害の対象外と判断されます。一方、就業時間外に脳卒中が発症した場合でも、業務との因果関係が認められれば、業務災害の対象です。
一般的に、以下の要件を満たしている場合に、疾病で業務災害と認められます。
● 事業場に有害因子が存在していた(有害な物理的因子や化学物質、身体に過度の負担のかかる作業、病原体など)
● 健康障害を起こしうるほどの有害因子にさらされていた
● 医学的に業務との因果関係が認められる
仕事によるもの:複数業務要因災害
複数業務要因災害とは、複数事業労働者が2つ以上の業務を要因として傷病した場合を指します。対象となる主な傷病は、脳や心臓、精神の疾患です。複数事業労働者とは、複数の企業と労働契約を結んでいる労働者を指します。
例えば、アルバイトの掛け持ちや副業が該当します。ただし、副業で経営者やフリーランスといった労働者以外の働き方をとっている場合は、複数事業労働者としては認められません。
複数業務要因災害は、複数の事業場での負荷を評価し、労災かどうかを判断します。そのため、1つの事業場のみでの労災と判断された場合は、複数業務要因災害ではなく業務災害になります。
通勤によるもの:通勤災害
通勤災害とは、職場への通勤中や職場からの帰宅中に、傷病した場合に該当します。原則として、通勤経路で発生した場合が対象です。そのため、帰宅途中に飲食店に立ち寄ったり、通勤経路から逸脱した道を通ったりした場合は、通勤災害とは認められません。
ただし、通勤中や帰宅中に日用品の買い物や通院、介護、選挙などで通勤経路から外れた場合については、通勤災害の対象として認められます。
労災(労働災害)が認められた場合の補償内容
労災が認められた場合に受けられる主な補償には、以下のものが挙げられます。
補償の種類 |
補償の概要 |
療養補償給付 |
・通院や治療、入院など療養する場合に給付される |
休業補償給付 |
・療養により会社から賃金が支払われない場合に給付される |
障害補償給付 |
・障害が残った場合に給付される |
遺族補償給付 |
・労働者が死亡した場合、その遺族に対して給付される |
上記以外に、介護補償給付や葬祭料等給付、傷病補償年金、二次健康診断等給付が存在します。
労災保険給付の申請手続きについて
労災保険給付を受けるには、申請手続きが必要です。ここでは、被害者側の申請手続きの流れと企業側の対応について解説します。
被害者側
前述したように、労災保険の補償にはさまざまなものがあり、補償ごとに手続きをする必要があります。基本的な手続きの流れは以下のとおりです。
1. 労災発生を会社に報告する(会社は「労働者死傷病報告」を労働基準監督署長に提出する)
2. 労災保険給付の請求書をダウンロードする
3. 労災保険給付の請求書を作成する(事業主の証明や医師の診断書が必要)
4. 請求書を労働基準監督署長に提出する(被害者と企業のどちらが提出しても構わない)
5. 厚生労働本省または労働基準監督署で調査を実施(支給または不支給の決定)
6. 支給が認められれば、補償が給付される(不支給に不服があれば審査請求も可能)
補償ごとの必要な添付書類は以下のとおりです。
補償の種類 |
必要な添付書類 |
療養補償給付 |
・治療費や薬代の領収書(労災病院または労災指定医療機関以外を受診した場合) |
休業補償給付 |
・賃金台帳の写し |
障害補償給付 |
・後遺障害診断書 |
遺族補償給付 |
・死亡診断書 |
審査請求ができる期間は、不支給が決定したことを知った翌日から3か月以内です。決定をおこなった労働基準監督署を管轄する都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に、審査請求書を提出します。
労災保険の手続きは、退職後でも可能です。ただし、以下のように補償によって請求書の提出後から給付が決定するまでの期間や申請できる期限が異なります。
補償の種類 |
給付決定までの期間 |
申請期限 |
療養補償給付 |
約1か月 |
費用を支出した日の翌日から2年 |
休業補償給付 |
約1か月 |
賃金が支払われない日の翌日から2年 |
障害補償給付 |
約3か月 |
傷病が治癒した日の翌日から5年 |
遺族補償給付 |
約4か月 |
労働者が亡くなった日の翌日から5年 |
労災保険関係の請求書は、厚生労働省「主要様式ダウンロードコーナー」からダウンロードできます。
企業側
労災が発生した場合、企業がとるべき行動は以下の3つです。
● 傷病した労働者や遺族への対応
● 労働基準監督署や警察への対応
● 労災申請手続きの対応
労災事故が発生した場合、速やかに救助活動をすることが重要です。死傷者がでるような事故が発生した場合、労働基準監督署や警察の現場検証や事情聴取がおこなわれます。事情聴取や遺族への説明のためにも、事故現場の状況を残しておくことも忘れてはいけません。事故現場に手を触れない状態で保存し、写真または動画で記録しましょう。時間が経過しないうちに、関係者に事情聴取しておくことも大切です。
労働安全衛生規則96条・97条により、労災事故が発生した場合は、労働基準監督署への労働者死傷病報告と事故報告が義務付けられています。報告書は、厚生労働省「労働安全衛生規則関係様式」からダウンロードできます。
死亡事故が発生した場合は、遺族への対応も怠ってはいけません。誠実な対応を心がけることが、遺族へのケアとトラブル防止につながります。
労災申請手続きの対応も必要です。労働者災害補償保険法施行規則23条により、企業には労災保険給付手続きのサポートや申請書の事業主証明欄への記入をすることが義務付けられています。トラブルを防止するためにも、企業側は労災申請手続きに協力する必要があります。
休業補償の給付期間、給付金額について
労災補償のひとつに、療養により働けなくなり、会社から賃金が支払われない場合の給与補償として給付される「休業補償給付」があります。休業補償給付は、労災にあった際に金銭面のサポートをする補償として、多く利用されています。
休業補償給付を受けるための条件は、以下のとおりです。
● 業務中や通勤中の負傷や疾病が原因で療養中である
● 業務ができず休業している
● 企業側から賃金が支払われていない
ただし、休業開始から3日目までは待期期間となっており、休業補償給付の対象外です。待期期間には、欠勤日や公休日、有給休暇取得日も含まれます。ここでは、休業補償給付の給付期間、給付金額について解説します。
休業補償の給付期間
休業補償の給付期間には、期間制限はありません。傷病が治癒し、仕事ができるようになるまで給付されます。治癒した状態とは、治療が終わり、症状が安定した状態のことです。ただし、症状が残った場合でも、これ以上治療を施せない場合は「症状固定」と判断され、給付が終了するケースがあります。
また、給付開始から1年6か月が経過したときに、傷病等級表の等級に該当するような重い症状が残っている場合は、傷病補償年金に移行します。
休業補償の給付金額について
休業補償の給付金額は、1日当たりの平均賃金である「給付基礎日額」の80%です。給付基礎日額は、労災発生直前3か月間の平均賃金を暦日数で割ったものです。
例えば12月に労災が発生した場合、直前の9~11月の暦日数は91日となります。平均賃金が30万円であれば、給付基礎日額は以下のようになります。
30万円×3か月÷91日=9,890円
休業補償では給付基礎日額の60%が給付され、特別支援金として給付基礎日額の20%が給付されます。合わせて給付基礎日額80%分が給付され、総給付金額は以下のようになります。
9,890円×80%=7,912円
ただし、休業開始から3日目までは待期期間となっており、休業補償の対象外となることは、前述したとおりです。その期間の補償は企業側で負担することが労働基準法76条1項により義務付けられています。
まとめ
労災とは、労働者が業務中や通勤中に傷病することです。労災によって労働者が業務に従事できない期間の治療費や生活費を補償する制度に労災保険があります。企業には、労災にあった労働者に対し、補償責任を負うことが義務付けられています。
労災保険は、労働者を1人でも雇用している事業者や法人が対象で、労働者の雇用形態は問いません。ただし、事業主や役員は労災保険に加入できないため、労災の対象外です。
労災の認定基準は「仕事によるもの」と「通勤によるもの」の2つに分類され、仕事による労災は、さらに業務災害と複数業務要因災害の2つに分けられます。労災保険には療養補償給付や休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付などがあり、認定条件や給付金額が異なります。負傷や病気の原因を把握したうえで手続きを踏みましょう。
企業には労災保険給付手続きのサポートや申請書の事業主証明欄への記入をすることが義務付けられています。労災にあってしまった場合は、会社に必ず報告をしてから手続きを進めましょう。
《ライタープロフィール》
ライター:田仲ダイ
エンジニアリング会社でマネジメントや人事、採用といった経験を積んだのち、フリーランスのライターとして活動開始。現在はビジネスやメンタルヘルスの分野を中心に、幅広いジャンルで執筆を手掛けている。